第141話 夏への扉 中篇
久しぶりに見る真古都の字…
手紙には日常の出来事や躰の具合が書かれてあった。
そして…何より俺の心を揺さぶったのは、
どの手紙にも必ず、俺の身を案じる言葉が何行にも渡って書き綴られてある事だった…
真古都は…やっぱり俺を忘れてない…
嬉しかった…
最後の方に読んだ手紙には、
先輩から贈られたクリスマスプレゼントのお礼が書かれてある。
“この絵と子どもがいれば、この先一人でも頑張って行けます”
「先輩っ! この絵って…まさか!」
俺は目線を文面から先輩の顔へと移した。
「そうだ…お前が途方もない金額を付けたあの絵だ…」
先輩の表情は変わらず、ずっと俺を見据えたままだ…
「先輩…だったんですね、あの絵を買ったのは…」
俺が50万を付けた絵…
多分、先輩が実際に払ったのは60万近いはずだ…
「あの時のあいつは…自分の未来を全て諦めていて半分死んでるのと変わらなかった…
お前の絵が、少しでもあいつの心の拠り所になれば…そう思って贈ってやったんだ」
先輩は淡々と話す。
「死んでるって…そんな…」
思わず出てしまった言葉…
霧嶋はあれだけ真古都の事を想っている…
大事にされている筈だと思ったから…
「お前の頭の中には蛆でも湧いてるのか?」
先輩が冷たく俺に言った。
「仲の良かった友人とは云え、好きでもない男に無理矢理抱かれて、その後は部屋からも出してもらえず、挙げ句の果てに妊娠だ…
男をお前しか知らないあいつにとって、
それがどれだけ絶望的な事だったか判るか?
お前の腐った頭には到底理解出来ないだろう!」
先輩が俺に怒りの目を向けている。
「一年の約束だと? 笑わせるな!
お前のしたことは本人の気持ちなど無視して他の男へ自分の女を宛行っただけじゃないか!」
先輩の目が怒りから憎しみに変わっている。
“そんなつもりじゃなかった”
そう言いたいが言葉が出て来ない…
「子どもじゃあるまいし!
一年も一緒にいて男が何もしないとでも思ったのか?
恋人から奪ってでも手に入れたいと思ってる女なんだぞ!
自分のモノにするためにはどんな手だってつかうさ!」
そうだ…
霧嶋が真古都をどれほど想っていたか
分かり切ってた事なのに…
「あいつはお前から裏切られたとも知らず、一人悩んで!苦しんで!悲しみに暮れていたんだ!」
いつも飄々としている先輩の、こんなにも感情剥き出しな姿は初めて見た…
「俺は裏切ってなど…」
「これが裏切りでなくて何だって云うんだ!!
言ってみろ!」
反論しようとした俺の言葉を、先輩は声高に遮った。
「突然の出来事も、
実は男同士でとっくに話がついていた事で、自分はただ引き渡されただけだなんて…
裏切り以外何だって云うんだ!」
先輩の言う通りだった…
「お…俺は…」
「よくこんな酷い事をしておいて、
“俺にはあいつだけ” だとか…
“丸ごと受け入れる覚悟は出来てる”
だとか…
そんなふざけた事が言えたもんだな」
先輩の鋭い視線は変わらずに俺を捉えている。
「コイツの悲しみは全てお前が招いた事だ」
まるで…
死刑判決でも受けているような
先輩からの断罪だった…
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