第140話 夏への扉 前篇

 あの日、秤藤さんが話していた事…


辻宮先輩だって男だ…

彼女がいてもおかしくない…


たとえその相手が訳ありだったとしても

絶対無いとは言えない…

むしろ訳ありだからこそ

誰にも言わず付き合ってるのかも知れない…


第一、

先輩と真古都はどこで繋がる?

接点がまるで無いじゃないか…


そう云えば初めてここに来た日…


絵のコメントを取りに来た時だ…

真古都の話を持ち出してきた


全然知らない間柄でもなかったし…

俺もいきなり真古都の話を出されて

気が昂ぶっていたから別段おかしく思わなかったが…


今思えば俺と離れた後

真古都がどれほど泣いていたかを

やたら強調していた…


あれは憶測ではなく

実際に見ていなければ言えない事だ…



先輩は俺にビザを持ってるか訊いてた

あの時は何の事だか判らなかったが…


真古都に関係があるのか?


真古都に関係があるとして

何故先輩は何も話してくれないんだ…



ビザ…

真古都がいるのは…日本…じゃない?

いくら考えても判らない事だらけだ…


こんな時に限って中々先輩が来ない…


普段は鬱陶しいくらい来るのに…


「ダメだ!頭がおかしくなりそうだ!!」


真古都へと繋がる扉を俺は開けたかった…


俺は思い余って自分から先輩のところへ電話をかけた…


頼む…本当の事を教えてくれ…

コール音が聞こえる度

祈るような気持ちで待った…


〔はい…… どうした? お前からかけてくるなんて何かあったのか?〕


「せ…先輩…あの…

秤藤さんが心配してました…

子どもを抱いた女の人の写真…

大事に手帳の後ろに挟んでるって…」


〔あ…ああ…それは…〕

しまった…なんだかそんな事を感じさせる様な声だった…


「先輩…思い切って訊きます…

その写真…もしかして真古都なんじゃないですか?

先輩…真古都の事…何か知ってるんですか?」


〔…………〕

電話の向こうで何か考えているようだった…


「先輩! お願いします!

俺…もう考え始めたらどうにもならなくて…

知ってるなら教えてください! 先輩!!」


〔判った…明日そっちへ行くよ…

どうせ…いつかは話さないといけなかった事だ…他にも見せたい物があるから…

待っていてくれ…〕

先輩は重い口調でそう言うと電話を切った…


明日…真古都の事が判る…




翌日の夕方…先輩は来た…


テーブルを挟んで、お互い何も言わずに座った。


先輩が抱えていた缶の蓋を取ると、中には何通かの手紙が入っていた。

大体…20通くらいだろうか…


そして…上着の内ポケットから手帳を出し、挟んであった写真を抜いた。


俺の目の前に置かれた写真…

保護シートに入れて、角が折れる事もなく綺麗なのを見ると、確かに大事にしていたのがよく判る。


「真…古…都…」

含羞んで笑ってる真古都の顔があった…

腕の中には小さな赤ん坊がいる…


写真の裏には、

《命名 数真  3/3 国立病院にて出産》


「俺があいつと会ったのは去年の10月、出張でフランスに行った時だ」

先輩が俺を見据えて話しだした。


「その時、あいつは泣きながらそれまでのことを吐き出すように教えてくれたよ…

それ以来…月に何度か手紙のやり取りをしている…」

手紙が入っている缶がやはり目の前に押し出されてきた。


「あいつの現状だ…

良かったら読んでやってくれ」



俺は震える手で手紙を取り出すと、一気に読み始めた…





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