第134話 新しい命

 「数くん…数くん…?」


入院しているわたしは、霧嶋くんの姿が見えないと、不安で探すようになった…


予定日まであとひと月となり、

わたしの精神状態も

不安定な日が多くなっている…


『数くん…何処にいるんだろう…』

わたしは病室から出て歩いてみた… 

日常生活では、ある程度言葉が解るようになったけど、それでもまだなんとなくだ…


『フランス語って…英語と違って結構難しいな…』

わたしの学力はあまり言い方ではない…

こんな時、瀬戸くんくらい英語が堪能なら苦労しないんだろうな…


ナースステーションの近くまで来ると、看護婦さんと話しをしてる霧嶋くんを見つける。


近づこうと足を出したその時、生温い物が足を伝わって流れていく…


「やだっ! 何これ…」

わたしは一瞬、失禁したのかと思い、

恥ずかしくて、その場にしゃがみ込む…


「きゃあぁぁぁ〜〜〜っっ!!!」


な…何? どうしたの?

誰かの悲鳴が、自分に向けられて発してるとは思わなかった…


しゃがみ込んでいるわたしに、何人もの看護婦さんが来て早口で何か言ってる…


「そんな早口じゃ解らないよ…」

どうしようもない不安がわたしを襲った…!


「真古都さん!」

霧嶋くんがこの騒ぎに気付いてかけてくる。


「ごめん! 君を一人にして…ごめん…」

霧嶋くんが泣きそうな顔でわたしに触れる…


わたしはストレッチャーに乗せられ、そのまま何処かに運ばれてる…


診察台に乗せられ、下着を外される。


「か…数くんっ!」

何が起こるのか怖くて、一緒に来た霧嶋くんの腕をつかんだ…


「真古都さん…破水しちゃったんだよ…」

霧嶋くんは本当に泣きそうだ…


「これから感染症の処置をしてもらうから心配いらないよ…僕、母さんのところへ電話してくるね」

霧嶋くんは手をぎゅっと握って頬にキスをすると、一度部屋を出て行った。


「は…破水…? 赤ちゃん大丈夫なの?」


「真古都、大丈夫ヨ」

看護婦さんが声をかけてくれる…


処置をしてもらい、準備室で休んでいる…

霧嶋くんはずっと手を握って離さない…

2時間くらいしてお義母さんが仕事先から駆けつけてくれた。


「ぼ…僕の所為なんだ…真古都さんを一人にして…安静にしてなきゃいけなかったのに…僕を探して歩き回ったから…」


霧嶋くんがお義母さんに説明してる…

泣いてるの…?


すると、下腹部が何かに刺される様な痛みがあった。暫くすると同じ痛みがまた始まる…


「あっ…痛っ…んんっ…」

「真古ちゃん、陣痛だから大丈夫よ!」

お義母さんが声をかけてくれる。


看護婦さんが子宮口が5cmまで開いてるのを確認すると、わたしは準備室から分娩室へ移された。


「ああっ! あっ…あっ…あっ…」

「真古都さん! 頑張って!」

霧嶋くんがずっと手を握って傍についていてくれる。


「うっ…うっ…」

どうにかなりそうな痛みに、霧嶋くんの腕を掴んでの大騒ぎが3時間ほど続いた時、何かがヌルっと出た感覚の後は、あれ程辛かった痛みが消えた…



「ふ…ふにゃあああ」


予定日よりひと月も早く生まれた子どもは、猫の鳴き声みたいなか細い声で自分の存在を教えてくれた。


「男ノ子ヨ、オメデトウ」


暫く保育器に入らないといけない赤ちゃんをタオルに包んで見せてくれた。


「数くん…お父さんだね…」

わたしは霧嶋くんに手を伸ばしながら言った。

「うん…うん…ありがとう真古都さん…」

霧嶋くんはわたしの手を握って泣いている…


「サア、赤チャンヲ向コウニ連レテイクヨ。オ父サン、抱イテアゲテ…」


看護婦さんが小さなタオルの包みを霧嶋くんに向ける…


霧嶋くんはそっと受け取ると、

「初めまして…僕が君のお父さんだよ…」

そんなふうに挨拶すると、小さな赤ちゃんにキスをする…


わたしは赤ちゃんが無事に産まれてくれた幸せでいっぱいだった。


「お疲れ様…真古都さん」

霧嶋くんがわたしの乱れた髪を梳いてくれた。






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