第133話 傾く心の先

 パリの旅行は凄く楽しめた。

行きたかった美術館巡りも最高だった。


言葉も何となく解るようになってきて初めて、クルージングで会った女の子が霧嶋くんの事を“お金持ち”だと言った意味が理解出来た。


霧嶋くんが使うホテルはどこも五つ星だし…

用意してくれるワインやシャンパンも、1本何万もするような物ばかり…


そんな高いワイン…

道理で美味しい訳だ…


霧嶋くんだって、決して体調が良い訳じゃないのにお仕事して…色々な所にわたしを連れて行ってくれる…


こんなに大事にされて…


わたしたちの始まりがで無かったら良かったのに…


先輩から瀬戸くんの絵を贈られて、きっと心の中で何かが吹っ切れたんだと思う…


わたしとお腹の赤ちゃんのために頑張ってくれる霧嶋くんの気持ちが素直に嬉しい。


「数くん…ごめんね…また入院なんて…」

わたしは迷惑をかけてばかりだ…


「何言ってるの、大事をとっての入院なんだから心配いらないよ」

霧嶋くんは相変わらず優しい。


霧嶋くんの主治医の先生は、わたしたちの結婚をとても驚いていたけど喜んでくれた。

この病院の先生方はみんな霧嶋くんを知っているから、今回の出産も産科では本当に気を遣ってくれてる…


出産は怖い…

妊娠が判って、お腹が段々膨らんできて…

心臓が他人ひとより弱いと言われてからは毎日が不安だった…


それなのに言葉も解らないフランスまで来る事になった…

直ぐ日本へ帰れると思ってたのに…心臓に負担がかかるからと帰国が延びた。


普段でも、周りの人が何を言ってるのか解らない…

病院では先生の表情に毎回ドキドキする…


いつも通訳をしてくれるのは霧嶋くんだ…

言葉の通じる霧嶋くんだけが頼りだった。


わたしのフランスでの生活は

霧嶋くんがいなければどうにもならない…


「大丈夫、君には僕がいるよ」

不安になって霧嶋くんを頼る度、彼は優しく言ってくれる。


霧嶋くんの存在がわたしには絶対になった…


「数くん…まだ産み月までひと月もあるのに…赤ちゃん動かないんだよ…」

「大丈夫だよ真古都さん」

わたしが不安になる度、霧嶋くんは手を握ってくれる。



真古都さんをフランスに連れて帰って来たのは正解だったな…


言葉の解らない彼女にとって、この国では僕しか頼る人はいない…


彼女が不安になる度、僕は自分の存在を強調して言い含めた。



お願いだから僕だけを見て…

君には僕だけなんだよ…


案の定…

真古都さんは僕を頼る…

そして…その度に

僕がいなければ生きて行けないと…

思わせた…


今、彼女に必要なのは誰でもない

この僕だ…


真古都さんが少しづつ僕を受け入れてくれ、

日を追う毎に彼女の気持ちが

僕に傾いてくれるのが嬉しかった…


もうすぐ赤ちゃんが産まれる…

僕たちは父親と母親になるんだ…


絶対

この絆は切らせないよ




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