第132話 これから

 「引き抜きですか?」

俺が大手の出版社から引き抜きの声があったらしい。

多分、小冊子に載せた瀬戸の記事が発端だろう…


「バカバカしい…」

俺は苦々しく吐いた。


「なんだ、嬉しくないのか?」

先輩が訊いてきた。

「先輩も知ってるじゃないですか。

去年、俺そこの面接落ちてるんですよ」

先輩はその事を思い出して大笑いしだした。


「今更でしょ…俺は拾ってくれた公現社ここで書きたいものを書きます」



「へぇ…案外先輩って、根に持つタイプなんですね…」

「根に持つって何だ!人聞きの悪いことを言うな!」

全く…引き抜きの話を瀬戸にしたらこの言い草だ…!


俺はコメント記事以来、ここにはよく来るようになった。

瀬戸のこれからも心配だったし、三ツ木の事もあるから…


「お前はどうなんだ?公募出展とか考えてないのか?」

「あんなもの…金だけかかって何の意味があるんです?」

瀬戸は俺の質問に鼻で笑ってる…


「なら…絵はどうやって売っていくんだ?

前回みたいにギャラリーに置いてもらうのか?」

「あの絵…俺の手元に入ったのは23万ですよ…」

確かに…手数料等で半分は持っていかれるのが普通だからな…


「公募出展にしたって、賞状貰って終わりじゃないですか…下手したら名のある画家の傘下に入らされて献上金を支払っていく羽目になる…

全く馬鹿げた話だ!」


瀬戸の親父さんはそんなシステムを何とか打開したいと、若手育成に力を入れていたらしいが、瀬戸はそれをネットを使ってやっている。


人嫌いの瀬戸らしいやり方だが、結果的にはそれが功を奏した訳だ…


以前、瀬戸から訊いた話だと相手の男は“一年間”時間を欲しいと三ツ木を奪った…


三ツ木からはその話は訊いてないから多分彼女はその期限を知らない…

もしその事を知っていたら…

せめて子どもを産む選択はしていなかったかもしれないのに…


いや…三ツ木のことだから一緒かな…

知っていても、知らなくても、

自分の躰に宿った命を棄てることなんて

きっと彼女は選ばない…


約束の期限が過ぎても…

きっと三ツ木は戻って来ない…

相手の男が手放さないだろうから…


もし期限を守る気なら

結婚して国籍まで変え、妊娠を理由に長時間の飛行機は躰に障ると言って

ずっとフランスに滞在している訳がない!


しかも三ツ木は瀬戸の事を全て諦めている…

相手の男が亡くなった後も、

今の三ツ木ならそのままフランスに在住するだろう…



“先輩

先日旦那様にパリまで旅行に連れて行ってもらいました。

セーヌ川から見た星空はとても綺麗で、

同じ星空を瀬戸くんも見てるかもって

そう思うだけで嬉しくなりました。

先輩もまたこちらへ来る事があったら、是非セーヌ川にも足を運んでくださいね”



遠いフランスの地から瀬戸の画家としての成功を祈っていると締められていた…


馬鹿な三ツ木だ…

瀬戸の成功はお前が居ればこそなのに…

そうでなければヤツには何の意味も無い…


「瀬戸、お前ビザは持ってるか?」


「なんで俺にそんな物必要なんです?」

俺の質問に怪訝な顔で聞き返してきた。


「いや…これから何があるか判らないから…持ってないなら取り敢えず作っておけ」


三ツ木の事をまだ言えず、ビザの発行だけヤツに勧めた…




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