第130話 エトワール·デ·ラ·セーヌ

 「真古都さん、寒くない?」

僕は外にいる彼女へ声をかけた。

「大丈夫、何だか楽しくて…」

楽しそうに笑う真古都さんが可愛かった。



僕たちはセーヌ川の遊覧船に乗っている。

「数くんは? 寒くない?」

真古都さんが心配して訊いてくれる。

「僕は大丈夫。君と一緒だから…」

「もう!」

含羞んで僕の腕を掴む彼女が愛しい…


僕は大丈夫だ…

細い毛糸で丁寧に何日もかけて

君が編んでくれたマフラーがあるから…


クリスマスのプレゼント交換で

これを貰った時は泣きそうになった…

頑張って君が編んでくれたのに…

僕は今年しか使ってあげられない…



セーヌ川クルーズは観光客にも人気だ。

船内には日本からの観光客も何組か乗船していた。


「数くん…連れて来てくれてありがとう」

真古都さんが、僕を見上げて笑顔を向けてくれる…

「君が行きたい所は、何処へでも連れて行くよ。少しでもこの国を気に入ってもらいたいから…」

僕は真古都さんの手を取って指先にそっとキスをする…


うわぁ~〜〜!


近くにいたカップルの女性たちから霧嶋くんに向けて声が漏れる…

ハーフな上に、王子様みたいな甘いマスクで

しかも今日はディナーコースだから、ばっちり正装していて、メチャクチャ目立ってカッコいい…


エスコートもキスも実に様になってる…


「あんまり冷えたら躰に障るよ。そろそろ中に入ろうか」

甘い笑顔を見せながら、わたしの手を両手で包み込んで話しかけられる…


そんな霧嶋くんに手を引かれて船内に入って行く。

こんな時、わたしに向けられる視線は羨望より残念な眼差し…

霧嶋くんの相手がわたしでは役不足なんだろうな…


わたしたちは席に戻ると、ソファになっている窓際に座った。

霧嶋くんが肩を抱いてくれる。


セーヌ川への旅行が終わったら、わたしはまた入院しないとならない…

お腹の子どもは順調なのに…

わたしの心臓が言う事をきいてくれない…


「こんなに長いクルーズは初めてでしょ?

気分とか悪くなってない?」

霧嶋くんが心配してくれる。


「もう、数くんは過保護だなぁ…

大丈夫だってばぁ…」

わたしは顔を少し上に向けて彼に告げた。


霧嶋くんはわたしの髪を撫でると、そのまま唇にキスをしてくれる…

他のお客さんもいっぱいいるのに…

でも霧嶋くんは気にしない。

こっちの人は、目の前でキスをされてもあまり気にしないみたい…


だけど…さすがに日本人のお客さんはちょっとびっくりしてる…


「ん…んんっ…数くん長いよっ!」

わたしはやっと彼から唇を離すと、霧嶋くんに抗議する。


「ええ〜 い〜じゃん、折角二人で旅行に来てるんだから…」

霧嶋くんが少しむくれてる。


「数くんはフランスこっちの人だから気にしないけど、わたしは日本人だから恥ずかしいの!」


「真古都さんだってもうこっちの人でしょ?僕と結婚したんだから…」

霧嶋くんが不貞腐れた顔を近づけてくる。

「そう…だけど…」


「仲良いですねぇ~」

ロングヘアの女性が声をかけてくる。

彼女は、乗船の時言葉が解らなくて困っていたのを、フランス語が堪能な霧嶋くんを見て助けを求めてきた人だ…


乗船してから何かある度、霧嶋くんのところへ来てる。


「そりゃあ 僕にとって一番大好きな奥さんだからね」

霧嶋くんはわたしを抱き竦めて、彼女に向かって言った。 


「羨ましいなぁ~ じゃあわたしは二番にしてもらおうかなぁ~」

とんでもないことを彼女はサラリと言った。

冗談でも嫌な気持ちになる…


「生憎だけど僕には真古都さんだけだから、他をあたって」

霧嶋くんが強めの口調で答えてる。


「な〜んだぁ…残念…

お食事始まるからまたね〜」

彼女は何事もなかったように自分の席に戻って行った…


「何だか折角の旅行なのに…変なヤツに付き纏われちゃったな…ごめんね真古都さん…」

霧嶋くんが申し訳ない顔をしている…


「数くんがあんまり素敵でカッコいいから、みんな数くんと仲良くしたいんだよ」

わたしは笑って言った。


「もう! 僕は真古都さんだけいればいいの!」

霧嶋くんは不貞腐れながらわたしを抱き締めてる。




辻宮先輩の手紙に瀬戸くんの近況が書いてあった。

瀬戸くんは画家として認められてるようだ…

良かった…

これから色々有るだろうけど、瀬戸くんならきっと大丈夫だ…


瀬戸くんが元気なら…それでいい…

彼ならきっと画家としても成功するだろう…


わたしは

もしこのまま心臓が止まったとしても

思い残す事はないよ…


窓から外を見ると、

セーヌ川の上に星が輝いている…


瀬戸くん

本当に良かった…






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