第129話 近況

 俺と三ツ木はあれからたまに手紙のやり取りをするようになっていた。

言葉も解らない異国の地で、偶然再会出来たかつての先輩…

ただそれだけの関係だが、こうして三ツ木から手紙を貰えるのは嬉しかった。


何よりも、今の三ツ木がどんな状態かが手紙から知ることが出来る…



「おい辻宮、今月号の美術口論に付けた小冊子が凄い反響だぞ」

先日、瀬戸から貰ったコメントが、今月号の付録小冊子に掲載されることになった。


「しかしお前、凄いヤツと知り合いだったもんだな」

「今回は特別に、俺の顔を立ててくれただけですよ」

俺は “今回は特別” だと云う事を強調して言った。


「それでも本誌のヤツが悔しがってたみたいだぞ。一緒に写真を撮りに行った時、この先生を呼び捨てにしてたそうじゃないか」

先輩は嬉しそうに話している。


「それは、アイツが俺を[先輩]と呼んでるのに、いくらこっちが仕事だとは云え、[先生]なんて呼んだらそれこそ出入り禁止にされますから…アイツはそう云うヤツです」

「確かに…カメラマンが出入り禁止になったらしいからな」

先輩は機嫌よく笑って話してる。


コメント記事と一緒に写真を載せることになったんだが、本誌の人間が、自分のところのカメラマンを連れて行くと言い出した。


ところが、そのカメラマンが瀬戸の前で失言をしでかした。事もあろうに、ヤツが出した紅茶を「なんだ紅茶かよ…普通、こう云う時は珈琲が出るもんだろ」と言ったんだ…

聞こえないと思って言ったんだろうが、アイツはしっかり聞いていたからその後は大変だった…


「おい、“普通”って何だ?

だったらその“普通”とやらを出してくれるところへ行けよ…

こっちが頼んで来てもらってる訳じゃない」


まさにと云うやつだ…


「勘弁して下さいよ!先輩の頼みだから面倒でも引き受けたんですよ!」

偏屈な画家も、俺には高校時代の先輩として接してくれる。


「悪いっ!俺にちょっと時間をくれないか」

俺は直ぐ様自社に電話をすると、起きた事を詳しく説明した。

ちょうど電話の傍に居合わせたカメラマンが訳を聞いて急いでこちらに向かってくれることになった。


店内に戻ると、本誌の編集者が平謝りしている…

しかし、瀬戸の方は、その表情を見る限り機嫌が直ったようにはとても見えない…



三時間後、やっとカメラマンが到着してくれた。


「遅くなってすみません!途中の高速が混んでたもので…」


店のドアを開けるなりそう言った。

ところが、店内にいる俺たちは重苦しい雰囲気だった。


「おやおや…辻宮くん、大変だったね…

画家の先生はどこだい?」

自社ウチのカメラマンはこの雰囲気をあまり気にしてない感じだ…


「アイツは裏の畑にいるんで今呼んできます。良かったらお茶でも飲んでて下さい。

勝手に飲んでて構わないそうですから…」


俺は瀬戸を畑から呼んで来た。


「あっ…先生、お言葉に甘えてお茶ご馳走になってます」

店に戻ってきた瀬戸にカメラマンが声をかけた。


「“ロンネフェルト”も“マリアージュフレール”も結構良い茶葉ですよ、これをお客にご馳走してくれるなんて高級ホテル並ですね。

さすが名前の売れてる先生はやることが違うな…」

それを訊いた本誌のカメラマンも編集者も青くなっている…多分、安いティーパックとでも思ってたんだろう…


「俺が好きなものを提供してるだけだ…

気に入ったのなら遠慮なく飲んでくれ」


自社のカメラマンはその後、画家としての瀬戸の写真を何枚かカメラに収め無事仕事は終わった…


当然、本誌のカメラマンは連れの編集者共に出入り禁止になった。


「全く!出されたものに文句をつけるなんて何様だ!」


瀬戸の相変わらずなところに少し可笑しくなり、三ツ木への次に出す手紙は、このエピソードを書いてやろうと思った。





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