第128話 appointment

「いいか、相手は可成りの人間ひと嫌いで気難しいと専らの噂だ…」

「余計なご機嫌取りをして怒らせるより、単刀直入にコメントが欲しい事を伝えろ」


俺が瀬戸の所へ行く時、主任と先輩から言われた忠告だった。


「まあ、自分より歳下相手だが、偏屈な画家だと地元でも有名なんだ…仮にダメだったとしても落ち込むなよ」


そう言って出掛けに先輩が肩を叩いて送り出してくれた。

聞けばマトモにコメントをもらえたところはどこも無いそうだ。


瀬戸は確かに気難しいヤツだったが、今程じゃ無かった…

やっぱり…三ツ木を失った所為なのか…



瀬戸の画廊は郊外といっても街中から外れた山に近い場所で、一番近い民家に行くにも歩いては行けないような所だった。


俺は店の脇にある空き地へ車を駐めると、ゆっくり降りて深呼吸した…

さすがに相手が元知り合いだったとしても、俺にとってはこれが一人で任された初めての仕事なんだ…緊張は否めない…


ドアの呼び鈴を鳴らすと、暫くして男の声が聞こえた。

「何の用だ?」

懐かしい声だ…

「お約束していた公現社の者です。今回展示販売された絵のお話を伺いに来ました」

俺は会社の名前は言ったが、敢えて自分の名前は言わなかった。


ドアが少し開いて、「入れ」と声がする。

「失礼します」

店内は画廊とは思えないほど殺風景で、絵が数点飾ってあるだけだった。


「座ったらどうですか

俺を見た瀬戸が、店の中程にあるテーブルを勧めてくれる。

今、お茶を用意しているところだ。


瀬戸は俺のことを直に判ったようだが、俺の方は自分の目を疑った…

瀬戸…? これが…?

伸ばしっぱなしの髪を後ろで結び、髭はずっと剃ってない様子…

薄汚れたシャツとズボンに長靴…


「随分変わりましたね。出版社勤めとは…」

瀬戸は自分のマグカップに注いだお茶を飲みながら話しかけてくれる。


「ああ…お前もな…」

予想もしなかった彼の変わり様に上手く言葉が出てこなかった。


「色々…有りましたから…」

今までのことを思い出しているのか、独り言のようにどこか違う場所を見ながら答えている。


『よし、先ずは仕事だ。三ツ木の話を持ち出して怒らせたらコメントどころじゃない』

俺は出されたお茶を飲む。


「ん? 美味いな…客用にしちゃ良い茶葉を使ってる…」

思わず出された紅茶の茶葉について口に出してしまった。


「さすが先輩ですね。ウチここに来て茶葉を褒めたのは先輩が初めてですよ。

最も、が淹れたお茶など、みんな飲む気にもなれなかったようだが」

瀬戸は鼻で笑っている。 


「取り敢えず、今回の絵について話を聞きたいんだが…」

「先輩の顔を立てたい所ですが、話すことは殆ど無いですよ」

瀬戸は俺がいることなど眼中にない様子で、ただ自分のカップに注がれた紅茶をゆっくり味わっている。


それでも瀬戸は、俺の質問を短い言葉ながら丁寧に答えてくれた。

偏屈な画家からこれだけコメントを取れれば上出来だ。


だが、俺の本来の目的はこれからだ…


「三ツ木とは別れたのか?」

その質問に瀬戸の動きが止まる。


「立ち上げた画廊も順調、名前も売れ始めて画家としての将来も有望…

他の女に目が行くようになって、今まで付き合ってた女が邪魔になる話はよく有る事だ」

俺はよく有る一般論を言ったんだが、瀬戸にはそう聞こえなかったらしい…


「俺をその辺のクズと一緒にするな!

三ツ木アイツとは好きで離れた訳じゃない!」

瀬戸の顔つきが変わって、向きになって答えてる。


「なら三ツ木から離れたのか?

だったら今頃結婚して子どももいるだろうな」


追い打ちをかけた言葉に、瀬戸の表情がまた変わり、今度は血の気が失せたようだった。


「当然だろ?三ツ木アイツをよく知ってる男なら絶対手離したくないほどいいヤツだ」


三人お前たちの間で何があったのか…

俺は三ツ木の話からしか知らない…

だが、それだけ三ツ木を想っていながら、何故手離した!?

どうして奪い返しに行かなかった!?

どれだけ三ツ木が泣いたと思ってるんだ!


「まあ良いじゃないか、 三ツ木も自分を大事にしてくれる旦那と子どもとで幸せにしてるだろうから…お前は…女を見繕えばいい…」

この間抜けが!それでもお前には上等だ!


「アイツが…俺を忘れる筈はない…」

血の気が引いた表情のまま自分に言い聞かせるように呟いている。


その一言で俺は無性に腹がたった!


「おい瀬戸、随分虫の良い言い草だな。

勝手に手離しといて…言うに事欠いて“自分を忘れてない”だと?ふざけるのもいい加減にしろ。棄てられた三ツ木が毎日どんな想いでいると思ってるんだ!」

「だから棄てた訳じゃない!!!」

瀬戸が思い切りテーブルを叩いて怒鳴った。


「仕方…仕方なかったんだ…

俺は…霧嶋の病気を知ってた…

残された寿命が短いことも…」

瀬戸の声が震えている…


「先輩…俺は…どうしたら良かったんですか?

俺は…もうすぐ死ぬと判ってるヤツから…好きな女を取り上げる事なんて出来なかった…」


瀬戸が相手の男の病気を知ってた?

なら知らなかったのは三ツ木だけ?


「何故病気の事を三ツ木に話さなかった?」


「アイツに…霧嶋に口止めされた…

真古都には最後まで知られたく無いと…」

テーブルの上に、瀬戸が落とすしずくが一つ、また一つと増えていく。


「俺は…真古都が赦してくれるなら…

真古都に戻ってきて欲しい!

結婚してたって、

子どもがいたって構わない!

俺にはアイツだけだ…」


お前が

もっと嫌なヤツだったら良かったのに…

名前が売れて…新しい女と遊び回るような

そんな嫌なヤツだったら良かったのに…












  






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