第119話 恋々

 霧嶋くんが育った所はストラスブールから少し離れた田舎町だと教えてくれた。


病院へ行ったり、荷物を纏めたり…

1週間はあっと云う間に過ぎ、明日はいよいよ出発だ…


「もう、心配性だなぁ…

僕が傍にいるから安心して…今日は早めに寝ようね」


そりゃあ…霧嶋くんは自分の国に帰るんだから心配無いだろうけど…外国なんてわたしには生きた心地がしない…

わたしは行く前から帰る事を考えてしまう…


知らない場所や、初めて会う人が苦手な真古都さんは、今から死にそうな顔をしている。

まるで銃撃戦が起きている戦地にでも赴くような様子だ…


僕がちゃんと傍にいるからね

決して離れたりしないよ

だって…君には僕しかいないんだから…




空港に着いて、霧嶋くんが搭乗手続きをしてくれる。

時間まで、ラウンジで過ごす。

落ち着いた空間で、出発までゆっくり出来そう。


「疲れたでしょう? 軽く食事してからお茶にしようか?」

「うん」


霧嶋くんは約束通り、わたしの手をずっと繋いでくれてる。

まだ日本国内だからいいんだけど…

それでもこれから知らない土地へ行くわたしにとっては心強い。


美味しそうに食べてる真古都さんを見るのは嬉しいな…

お腹に子どもがいる割に、体重が増えないのが心配だけど…

フランス向こうに行けば、僕の掛かり付けの病院で引き受けてもらえる手筈が出来てる。


お産も…僕がちゃんと傍にいるからね…


ラウンジのお食事美味しい…

こんなに雰囲気も良いのに、混んでないのが嬉しいな…



「そろそろ時間だね」

霧嶋くんが時計を見ながら言った。


搭乗口に行くと係の人が案内してくれる。

『妊娠してるから先に乗せてくれるんだ…』


搭乗口から機内入口までの細長い通路を霧嶋くんに手を引かれて歩いて行く。


『いよいよ飛行機だ…暫く日本ともお別れ…』


《…………》


『えっ?』

思わず足が止まって後ろを振り返る…


後ろにはさっき入って来た搭乗口が見えるだけで変わった様子はない…


「どうかしたの?」

霧嶋くんが心配そうに覗き込む。


「な…何でもない」


霧嶋くんにはそう言ったけど、わたしの心臓は機関車の車輪が立てる音よりも激しくなっている…



機内に入る時もつい後ろを見てしまった…


きっと初めて日本を出るから…

緊張してるだけだ…


また直ぐ日本に戻って来れる…

あんまり心配してるから…


風の音が……居るはずのない人の声に…

聞こえた気がしただけだ…


わたしは溢れそうな涙を必死で我慢した。


中々機内に入ろうとしないわたしに乗務員の女性も心配している。


「大丈夫だからおいで…」

そう言って霧嶋くんがわたしの手を引いたので、そのまま中に連れて行かれる。


恋々とした想いだけが胸の奥で燻る…




なんだか…

想像していたのと随分違うような…


「か…数くん…ここ違くない?」

わたしは霧嶋くんの腕を掴んで訊いた。


「ん? 大丈夫だよ…

母さん、真古都さんと赤ちゃんのために奮発したみたいなんだ」


カーテンを閉めたら個室と変わらない…

これって絶対一番高い席だ…!















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