第118話 SURPRISE TICKET

 目を覚ますと、眼の前に霧嶋くんの寝顔がある。


何度考えても、彼の命がもうすぐ終わってしまうなんて信じられない…


《僕の時間は全て真古都さんに使うって決めたから…》


以前、よく言われた言葉を思い出す…

あの頃は特に気にもしなかった…


何も知らなかったとは云え…

霧嶋くんにわたしは傷つけることを

きっとたくさんしてたんだろうな…


死ぬのが怖くない人なんていないのに…

わたしの前ではいつも優しく笑ってた…


夜は怖い…


最初…家に帰れなかった頃

昼間は泣いて騒いだけど…


涙も声も枯れてしまった夜は

静寂が堪らなく怖かった…


不安や恐怖でどうにかなりそうだった…


二ヶ月を過ぎた頃は

これから先の不安と

どうにもならない喪失感で

泣く気力も、騒ぐ気力も無くなって


まるで昆虫の幼虫のように

毛布に包まってじっとしていた…



霧嶋くんがどんなに不安でも

わたしは…

手を握ることしか出来なくてごめんね…


これから死を迎える人に

何をしたら良いのかわたしには判らない…

だけど…ほっとくことも出来なかった…



「真古都さん…おはよ」

「えっ?」


わたしは髪を撫でられた感触で、霧嶋くんが目を覚ましたことに気がつく。


「どうしたの?」

「まだ…寝ぼけてたみたい…」


わたしは霧嶋くんのことを考えていたとは言えず、笑って誤摩化した。



お昼を過ぎた頃、郵便が届いた。


「母さんからだ…」


そう言って、2通あるうちのわたし宛てを渡してくれた。

お義母さんは、時々わたしに手紙をくれる。


霧嶋くんは自分宛ての手紙を読み終えた後、電話をかけている。

戻ってくると、わたしに向かって言った。


「真古都さん、来週から旅行に行こう」


いきなりどうしたんだろう…


「数くん…何処へ行くの?」


わたしは軽い気持ちで訊いてみた。


「母さんがチケットを送ってきたよ。

真古都さんに僕が育った街を案内してあげられるね」


霧嶋くんは簡単に言ってるけど…

それって……フランスだよね? 

わたし…日本国内だって…

マトモな旅行したことないんだけど…


「主治医の先生にはさっき電話で許可をもらったよ」

「む…無理だよ!わたし…外国なんて行った事無いし…言葉だって判んないよ!」


同じ飛行機に乗って行くんでも、北海道や沖縄に行くのと訳が違う…


「真古都さんは何も心配いらないよ。僕が一緒だから大丈夫!」


霧嶋くんが言うには、子供が産まれる頃は、一緒に帰れるか判らないから…


「僕が元気なうちに連れて行きたいんだ」


そう言われると断れない…

わたしは止む無く了承してしまう…


「わ…判った…そのかわり…

ぜ…絶対傍を離れないで…絶対だよっ!」


いつになく真剣な顔で頼む真古都さんが可笑しかった。


「大丈夫、絶対離れないから安心して。

言葉も判らない所で迷子になったら帰れなくなっちゃうからね。真古都さんも僕から離れないでね」


霧嶋くんは笑ってるけど…わたしは必死だ!

外国なんて…恐怖でしかない…


霧嶋くんしか頼る人がいない所に行くなんて…








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