第116話 告白

 僕はドアを勢いよく開けた。


退院の手続きに受付へ寄ったら真古都さんが倒れたことを訊かされ、そのまま慌てて治療室に飛び込んだ。


ベッドには点滴に繋がれた真古都さんの姿がある。

苦しそうな息づかいだ…


今日…退院する筈だったのに…


傍に寄ると、浅い呼吸の間から真古都さんが譫言を繰り返している…


「ハァ…ハァ…嘘だ…ハァ…ハァ…

数くん…が…ハァ…死んじゃう…嘘…」


僕の心臓は跳ね上がり、震える躰は深淵の底に突き落とされた感じで気が遠くなる…


「ど…どう云うこと?」


僕はその場にいた看護婦を睨みつけた。


「どう云うことだって訊いてるんだよ!」


豹変した僕の態度に、看護婦がビクついた。


「何とか言えよ! お前が喋ったのか!?」


僕は怒りで看護婦に掴みかかった。


「キャァッッーーー!!」


「止めなさい! 数祈くん!」


看護婦の悲鳴と共に、ドアから主治医が駆け込んできた。


「落ち着くんだ! 彼女を離して!」


看護婦を掴み上げてる両腕を強く握って先生は言った。


「落ち着いていられる訳ないでしょう!」


僕は看護婦を離したと同時に、先生の腕も振りほどいた。


「真古都さんには…真古都さんには…

枷になるから…躰の事は話すつもり無かったのに…」


悔しくて自然に涙が頬を伝って落ちた。


「すまない…別の看護婦が話をしてるのを、彼女が偶然通りかかって訊いてしまったらしいんだ…」


「真古都さんに何かあったら…僕は…

僕は…どうしたら…う…うぅっ…」


行き場のない想いが溢れ出し、流れ落ちる涙を拳で拭った。


「症状は落ち着いてる…彼女の傍に付いててあげなさい」


先生は僕の背中を擦りながら、在り来たりな慰めの言葉をくれた。




大好きな真古都さん…


このまま順調にいって約束の時が過ぎたら…

僕は “処刑迄の待合室” のような

あの病室へ戻って…


その時が来るのをじっと待つはずだった…



真古都さんの呼吸は安定していて、規則正しい息づかいに変わっている…


彼女の頬に触れると、瞼が重そうに開く…


「ま…真古都さん? 気分はどう?」

「数…くん…」


真古都さんは虚ろな目を、僕に焦点を合わせようとはじめた…


「数くん!」


彼女は僕を認めると躰を起こしだした。


「真古都さん! まだ横になってないとダメだよ!」


僕は彼女の躰に腕を回す。


「数くんが病気だって…

看護婦さんたちが言うんだよ…違うよね? 

数くん…いなくなったりしないよね?

お願いだから…違うって言って…」


真古都さんが僕の胸にしがみついて、懇願するように涙を落としながら訊く…


「ご…ごめん…」


僕は言葉に詰まって力一杯真古都さんの躰を抱き締めた。


「ごめん…本当なんだ…病気の事も…

もうすぐお別れなのも…ごめん…!」


「う…うわぁ~んっ!」


真古都さんが僕の胸の中で大声をあげて泣き出した…


ごめんなさい!


大好きな真古都さんを

こんなに泣かせてしまって


ごめんなさい!



僕は…真古都さんに打ち明けた…


この病気は子供の時からだったこと

病気の事は既に覚悟ができていること

それでも…

最期に好きなひとと一緒にいたかったこと


「真古都さん…僕の我が儘に付き合わせてごめんね…」


何度も謝る僕に、真古都さんは止まらない涙のまま僕を抱き締めてくれた…











 

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