第112話 厄介事

 ネットでの取引が主な俺の画廊は、概ね順調だった。

分かり易い取引システムと金額設定が功を奏したようだ。


有難いことに高額の取引きも少しづつ増え始めている。


画廊の立ち上げは、元々卒業後を予定していた。ところがこの近くの森へキャンプに来た時、偶然この家が売りに出されていることを知った。


不便な立地と、長年空き家だった事もあり、値段は便宜上ついていると云う有様だった。


俺は買い取った後、自分で修理と改装を行った。


この家は高額な取引や、実際に現物の絵を見たい人間ひとの為にしか使わない。

だからこの家に客が居るのは珍しい。


「どうです?もう少し何とかなりませんか」


この画廊の責任者が、俺みたいな若造だと知ると忽ち態度を変えるヤツがいる。


今日のコイツみたいに…


「悪いがこの値段以外では取引はしない。納得をしてからもう一度来てくれないか」


俺は断わった。


「売れなければそちらも困るでしょう?」


「ウチは少しも困らない。この絵に関して云えば購入希望者は他にもいる」


俺が頑として売らないと察すると仕方なく相手も引き際だと感じたらしい。


「それじゃあ今日のところは帰ることにしましょう…」


他にもブツクサと文句を言いながら出口に向かって行った。


やれやれ…

早く帰ってくれ…


そう思ったが、この男が出口の手前で足を止めた。 


「この絵は素晴らしいですね」


言ったが早いか額装に手を伸ばそうとしている。


「手を触れるな」


俺の一言で男の手も止まる。


「額装に注意書きもついてるだろう」


「これは申し訳ありません。ですがこの絵は誰の作品ですか?値段は付いてないようですが…」


コイツはウチのサインボードも見てないのか!?


「その絵はウチのサインボードに使ってる絵だから売り物じゃない」


俺は、売り物じゃないとはっきり言った。


「この絵を譲ってもらう訳にはいきませんか?」


厚かましいヤツだ!


「何回も言うが、それは売り物じゃない!」


俺は段々腹がたってくる。


「ではこの方の別の作品は有りませんか?」


俺はキレる一歩手前だ!


「そいつは滅多に描かないから他には無い。さあ、今日はもう帰ってもらえないか」


俺は男を追い立てるように出口へと促した。


男は絵の作者を紹介しろだの

それが無理なら仲介してくれだの

色々ほざいてたがなんとか帰ってもらった。


俺はもう、当分描くつもりは無いからだ…



ところが…

どこで、どう噂が広まったのか、

作者不明の絵が色々と話題になり始めた。


それはウチの学校でも耳にするようになり、その画廊の持ち主は俺だと云う事が知れ渡るのはあっと云う間だった。


そうなると

俺を見る周りの目が変わった。


それまでは変わり者の俺を、遠巻きに近寄ろうともせず、汚らしい物でも見るような扱いだった。


それが、噂を聞くなりあの絵を見たさに話しかけてくるヤツが多くなった。

あの画廊は予約制だから。


全く呆れたものだ…


女にしてもそうだ

あんなに汚物でも見るような眼差しを、

俺に向けていたのが手のひらを返したみたいに擦り寄ってくる。


クズめっ!

だから人間ひとは信用出来ないんだ!





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