第110話 胎動
次の日熱を出した。と言っても37.7℃。
これくらいなら心配いらないと思っていたのに、朝の回診で退院は延期になった。
「心臓の事もあるから用心のためだよ」
お医者様はそう言った。
何とは無しにベッドで横になっていると、外から鳥の鳴き声が聴こえる。
どんな鳥が鳴いてるのか気になって、ベッドから起き上がって窓に近づいた。
病院の裏手には川が有って、川辺りに無数の白い鳥が見える。
鷺だ…
そう云えば高校の時、霧嶋くんのことを誰かが”白鷺の貴公子“って呼んでたっけ…
改めて窓から見える鷺を眺めていると、溜息が出るくらいたおやかで美しい鳥だ…
霧嶋くんが白鷺に準えるのも判る気がする…
彼は女の子なら誰でも憧れちゃうくらい王子様みたいにカッコ良いもの…
だけど…あの細い躰にあの鳴き声が、どうしても切なく聴こえてしまう…
わたしはもう一度ベッドに戻って横になる。
少し膨らんだお腹を擦る…
『赤ちゃん…ちゃんと産めるかな…』
他の人より心臓が弱いなんて夢にも思わなかった…
『お母さん…心配するだろうな…』
結婚することになって、霧嶋くんがお母さんに挨拶しに行った日も凄くビックリしてた。
お母さんは勝手に、瀬戸くんがわたしのことをもらってくれると思ってたから…
いくらなんでも、瀬戸くんだって結婚までは考えて無かったと思うのに…
気が早すぎだよ…
何だか…みんな…凄く昔のことみたい…
お腹の赤ちゃんは標準より小さいみたいで、そろそろ6か月になるのに、わたしのお腹はあまり目立たない…
心音もしっかりしてるし、お医者様は心配いらないって言ってるけどやっぱり不安だ…
この病院は霧嶋くんの掛かり付けで、どこに行ってもみんな霧嶋くんのことを知っている。
わたしが奥さんだと知ると誰でも酷く驚いた顔を見せる。
『ま…まぁね、 あれだけの美少年だもん…奥さんがブサイクなわたしじゃ誰でもビックリするよね…』
一度、清掃のおばさんに話した時なんて、
目に涙を浮かべて
”良かった…良かった…“
って、わたしに何度も頭を下げてた…
霧嶋くんの人気ってよく判らない…
「!?…」
あれっ…今の…何…?
わたしが自分のお腹を不思議そうに触ってると、霧嶋くんが病室に入って来た。
「真古都さん…具合どう?」
「か…数くん…お腹が…」
霧嶋くんがベッドに走り寄って来た。
「どこか具合が悪いの?」
「お腹の中にネズミがいるみたい…」
彼が慌ててナースコールを押した。
わたしは穴があったら入りたい…
お医者様も看護婦さんも笑ってる…
「何でもなくて良かったよ」
お医者様はそう言ったけど…絶対呆れてるに違いない…
「元気な証拠ですね」
看護婦さんもそう言ってくれるけどわたしは恥しくて仕方ない…
「数くん…騒がせてごめんね」
お医者様と看護婦さんが病室を出た後わたしは彼に謝った。
「そんなことはいいんだ…」
霧嶋くんが少し躊躇しながらわたしのお腹に触れる。
「動いたんだ…」
お腹を優しく擦ってる
「うん、 動いたよ」
「僕たちの子どもが育ってる…」
霧嶋くんがいつものようにわたしを抱き締める。
「真古都さん…ありがとう」
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