第108話 朔月
「夢への第一歩だな」
柏崎が店内を見回して言った。
俺は親父の画廊がある地元から、2時間程離れた郊外の自然豊かな場所に、空き家になっている古民家を安く買い取った。
その家を少し手直しして自分の画廊として立ち上げた。
「画廊って云う割に、あんまり絵を飾ってないんだな」
店内には数点しか飾ってないから不思議に思ったんだろう。
「ウチはネットでの売買が殆どだから、ここは実物を見て買いたいヤツが来るだけだ」
俺は柏崎に説明した。
有名な画家が描いた絵が欲しいヤツは大手の画商へ行けばいい。
無名な新人でも、素人が描いたものでも厭わず気に入った絵を探して購入出来るのがウチのシステムだ。
「この絵は凄いな、これで幾らするんだ?」
店内に入って直ぐ左側に、25号のキャンバスで描かれた絵が飾ってある。
「それは売り物じゃないから値段はついてない…」
俺は答えた。
「えっ? これだけ良い絵なら欲しがるヤツは結構いるだろう?」
値段を付けていないことに意外そうな顔をしている。
「いや…その絵は俺が描いたヤツだし…
ウチのサインボードのイメージ絵画なんで売る気はない」
俺は自分が描いたことを話すのは照れ臭かったが、売れない理由も一緒に話した。
「はぁ~~っ、お前が上手いのは知ってたがこれ程の絵を描くとはなぁ…」
柏崎が額装の絵をまじまじと見ながら感心したように溜息をついている。
「店の名前、【月光】だっけ?」
俺がお茶の用意を始めたので、アイツは店の奥にある喫茶スペースに移って来た。
高校を卒業して、暫く振りに会ったコイツはまるで別人だった…
伸びた髪を切ることもせず、無精髭もそのままで、身なりは最低限にしか構っていない様子だった…
それ以上に俺を驚かせたのはコイツの乾いた眼だった…
中学の時と一緒だ…
ヘタをしたらあの頃より悪い…
訳を聞いても無表情に
「大丈夫だ…」
そう答えるだけ…
コイツが案外頑固なのを俺は知ってる。
何度も会って話をするうちやっと打ち明けてくれた…
コイツは彼女さんを連れ戻せなかったのは自分の所為だと今も自分を責め続けている。
「アイツが今どんな想いでいるのかを考えたら…のうのうと日々を過ごしてる自分が如何しようも無く腹立たしい…」
吐き捨てるように言って肩を震わせているアイツを俺は初めて見た…
キズついてボロボロになったコイツに俺は何もしてやれない…
俺が出来るのは
真っ暗闇の中を這いずるお前が、
もう一度立ち上がって歩き出せるよう…
月が昇って光を放つのを切に願う事だけだ…
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