第106話 赤と白

 部屋の花瓶に霧嶋くんから贈られた白い彼岸花がさしてある。



「1年なのに…わたしでいいの?」

霧嶋くんが1年と云う期間に拘る理由をわたしは知らない。

彼がわたしの前からいなくなると、自分で言ったのだから、それをわざわざ詮索しても仕方のないことだ。


「真古都さんがいいんだ」

わたしの両手を、自分の両手で包むように握って彼は答えた。


「1年しかないから真古都さんでないとダメなんだ」

わたしを真っ直ぐに見て言ってくれる。


暫く考えてから返事する…


「…ょ…よろしく…おねがいします」

わたしは握られた手に頭を下げた。

それがわたしの答えだった…


霧嶋くんはわたしが思っていた以上に信じられないくらい喜んでくれた。


[想うはあなた一人]

この気持ちは痛いほどよく判る…


それは…わたしも同じだから…


でも…

わたしはもう想い人の処へは行けない…


霧嶋くんが1年と云うのだから、きっと何か訳があるのだろう…



真っ赤な彼岸花が辺り一面咲き乱れてる…

そこでのプロポーズ

わたしにはうってつけだ…


赤い彼岸花の花言葉は

“悲しい思い出” “あきらめ”


潮時なんだろう…



もう…傍に行くことは許されないけど

この気持ちだけはずっと変わらないから…

あなたがくれた溢れるほどの愛だけで

これからは生きて行く…


わたしが願うのは

ただあなたの幸せだけです…

せめて空高くひときわ輝く明星に

祈らせて…



わたしは

三ツ木真古都から

霧嶋真古都になった…


霧嶋くんの愛情は変わらない。

寧ろこれまで以上に愛情を傾けてくれる。


本当に…周りが羨むほど素敵な旦那様だ。


毎月の定期検診も必ず一緒に来てくれる。

今日も手を引かれて待合室に来た。


「一人で大丈夫なのに…」

「ダメだよ! 何かあったら大変だから」


霧嶋くんはわたしをゆっくり椅子に座らせると受付を済ませに行った。


「霧嶋さんの御主人…素敵よね。カッコ良いし、優しいし…」

いつも検診で一緒になる人が話しかけてくる。


「ありがとうございます」

わたしは当たり障りのない返事をする。




最初、家にも返してもらえなくて

毎日泣いてばかりだった


「お願いだよ!1年でいいんだ!

真古都さんの時間を僕に分けて!」 


泣いて当たり散らすわたしに

それでも霧嶋くんは優しかった


躰の異変に気付いたのはひと月過ぎた頃…

まさかと思った

霧嶋くんがわたしに触れたのは

最初の時だけだから…


それからは全てがどうでもよくなった… 


「霧嶋くん…1年間…一緒にいるよ…」

霧嶋くんは声も出ないくらい驚いて、暫く動けずにいたと思ったら思いっきり抱き締められた。


「真古都さん…ありがとう」


…霧嶋くんが泣いてる?


「あ…あの…1年だけだから…その後はもう二度と来ないで!」

わたしは念を押すように強く言った。


「判ってる…真古都さんと一緒にいられるなら…その後は二度と真古都さんのところには来ないよ…約束する」


霧嶋くんが恥ずかしげもなく泣いてる…










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