第101話 霞が立つ

 真古都との電話が終わると、俺は直ぐに霧嶋のところへかけた。

呼び出し音が続いているのに出ない…

何度かけても一緒だった。


「霧嶋のヤツ、どう云うつもりだ!」


俺は不安で堪らなかった。

本棚に置いた小さな包みが目に入る。

昨日、真古都に渡そうと、思いきって買った物だ。


一昨年のクリスマスは細い銀の指輪しか買ってやれなかった。


思った以上に離れて生活するのは不安で、ちゃんとした形で彼女と繋がっていたかった。

包みの中には指輪が入っている。

次に逢った時渡して、約束を貰うつもりだった。


彼女ならきっと承諾してくれる…




学校から出るのが怖かった…

霧嶋くんが何を考えてるか全然判らないから…


霧嶋くんの気持ちは解ってても、それに応えることは出来ない。


「霧嶋くんごめんね」

わたしの足は正門ではなく、裏門に向かう。


校舎を横切る時、建物の陰から声が聞こえる。

「はい、残念でした!」


「あ…」

わたしはどうしていいか判らなくなった。


「真古都さんならこうすると思ったんだ」

霧嶋くんが笑顔で近づいて来る。


「酷いなぁ…僕が迎えに来るって、昨日言ったのに…」


「霧嶋くん…」


「真古都さん…僕を先輩の代わりにお出かけしたでしょ?だから先輩の代わりに迎えに来たよ」


「あ…わたし…」

どうしよう…わたしは霧嶋くんを傷付けたんだ!

霧嶋くんの気持ちを知っていながら…

自分が辛い時だけ彼を利用して…


「さあ、帰ろうか」

霧嶋くんがわたしの腕を掴んで歩き出した。


「真古都さんに見せたいものがあるんだ」


昨日と同じようにタクシーに乗せられ、連れてこられたのは古い洋館…


「ここは僕の祖母の家なんだ」


霧嶋くんに促されて家の中へ入る。


「今お茶を入れるね」


家の中はよく片付けられていた。

霧嶋くんが言ったようにお祖母さんの家なんだろう…

カーテンや絨毯…色んなところが女性の好みそうな物だった。


だけど…そんな事で油断しちゃいけなかったんだ…


「霧嶋くん、あの…今更で本当に…ごめんなさい…」


「真古都さん、取り敢えずお茶飲んで。

僕、真古都さんにお願いがあるんだ」


霧嶋くんがわたしの前に紅茶を出してくれる。いい香り…

ずっと緊張していた所為か、紅茶お茶が美味しい…


「あの…お願いって何?」


少し落ち着いたので訊いてみた。


「ん…一年でいいから…僕と一緒にいてくれない?」

霧嶋くんは何でもない事のように言う。


「そんな事出来ないよ!」

わたしは言った。

わたしには瀬戸くんがいるのに…


「僕の気持ち知ってるでしょ?一年でいいんだよ!」

霧嶋くんが詰め寄って来る。


「ごめんなさい!本当にごめんなさい!

でも出来ないよ!わたし瀬戸くんとお付き合いしてるんだもん!」


とにかくここを出なきゃ…

わたしは瀬戸くんを裏切りたくない…


だけど…

玄関に向かう途中で足が止まる。

あれっ…

目が…まわる…?


「ふうー」

霧嶋くんの溜息が遠くで聞こえる…

なんだか足がふらついて、上手く立ってられない…


「瀬戸くん、瀬戸くんて…君は最初からずっとそうだったよね…」


霧嶋くんに支えられて何とか歩くけど…

玄関に行きたいのに…

連れてこられたのは別の部屋だ…

頭がはっきりしない…

彼が話してるのも遠くでぼんやり聞こえる感じだ…


「君の傍にいられるなら先輩の代わりでも良かった…だけど…そろそろ僕の方も時間切れでさ…先輩の代わりは止めることにするよ」


薄ぼんやりと映る視界の中で、霧嶋くんがタイを外してシャツを脱ぎ始めてる…


早くこの家を出たいのに…

躰が言うことをきかない…


霧嶋くん…わたしに近づかないで…


お願い…わたしに触らないで!


瀬戸くん!











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