第100話 月に叢雲 花に風 後編

 「き…霧嶋くんっ!どう云うこと?」

突然の事でビックリしたから、少し声が大きくなる。


「真古都さん、ここじゃ何だし…

折角だからどこかに入ろうか?」


霧嶋くんはそう言って、再びわたしの手を引いて歩き出し、タクシーに乗った。


「真古都さん、直ぐ着くからそこでゆっくり話そう?」


霧嶋くんは笑ってるけど、それ以上質問出来ない雰囲気がある。


連れて来られたのは、ホテルにあるラウンジの一室。

フロントでの様子から、最初から予約してあったみたい…


「真古都さんは何にしますか?珈琲?ジュース?」


「わ…わたし…珈琲は飲めないので…紅茶がいいです…」

わたしは霧嶋くんに伝えた。


ジュースも好きだけど、飲み物は常温か温かい物にしてる。


ホテルの人が運んできた後、わたしたちはまた二人になった。


霧嶋くんがわたしのカップにも紅茶を注いでくれる。

紅茶のいい香りが、わたしの緊張を緩めてくれる。


「そんなに構えないでよ。久しぶりだから真古都さんとゆっくり話がしたかったんだよ」


霧嶋くんがいつもの笑顔を向ける。


「学校…辞めたって…どう云うこと?」


「その言葉通りだけど」


ニコニコ笑って、まるで普通のお喋りをしているみたいに話す。


「だって、中退なんかしてこれからどうするの?このあとどうやって…」


そこまで話したわたしに、霧嶋くんは静かに手のひらを向けて言葉を制止する。


「ごめん…言ってなかったけど…僕、自国では修士号までの単位は取れてるから…」


「えっ…えっ?」



僕は病気もあって家の中で過ごす事が多かった。成績がいいのも他にすることが無かったからだ…


一時期何もかもバカらしくなって、派手に女の子と遊び回った…

どれだけの女の子と遊んでも、彼女たちはそのうち誰かを見つけ、家庭をつくる…

僕のことは記憶の隅にも残らない…


僕だけを好きでいてくれる女の子

たとえ僕がいなくなった後でも

僕を忘れないでいてくれる女の子


僕は肉親以外の誰かの記憶に残りたかった…


「日本に帰りたい⁉」

母さんは酷く狼狽してた。


僕は理由を話した。

母さんは最初物凄く反対したけど、

大学の単位取得が条件で許可がでた。


それからは女の子と遊び回るのは止めた。


元々12歳の時父さんが亡くなって、同じように死んでいくのかと思ったら怖くて…

その恐怖を女の子と遊び回る事で紛らわしてたんだ…


お酒も飲んだ…

喧嘩もした…

女の子だって、それこそ取っ替え引っ替えベッドに連れ込んだ…


日本に来て、小さい頃祖母と暮らした家で新しい生活を始めた。

僕には時間が無い…

でも素敵な恋愛がしたかった…


ところが日本に来たら僕の“顔”は目立つみたいで…

始終女の子に纏わり付かれた挙げ句、酷い噂まで流れるようになった。


真古都さんは最初から僕を特別に見たことは無かった。


いつも優しくて、“顔”ではなく、“僕自身”を見てくれた。


だから病気のことは言いたくなかった…


そのままの僕を好きになって欲しかった。


でも…そろそろタイムアップかな…


「真古都さん、これからは僕が学校まで迎えに行ってあげるね」


満面の笑みで霧嶋くんはわたしに言った。



その晩、わたしは迷った末に、やっぱり瀬戸くんに話すことにした。


「ごめんね…勉強忙しいのに…こんな話しして…」

本当は瀬戸くんに心配させたく無かった。


「バカッ何言ってんだ!離れてるんだから心配ぐらいさせろ!」

瀬戸くんは優しかった。

こんなわたしでも疎まず大事にしてくれる。


「週末そっちに帰る!霧嶋とも会う!」

「翔くん…」


電話口の向こうで真古都が泣いてるのが判った…


「大丈夫だから…俺にはいつだってお前だけだよ…」

「うん…うん…」


この時、直ぐにでも傍に行くべきだった…

この部屋に連れてくるべきだったんだ…


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る