第94話 地上の星 後編

 多分、霧嶋が何を言いたいのか解ったんだろう。


稲垣は後悔を含む顔で笹森を見ている。

笹森は稲垣を見ようとしない。


「あっ…笹森…ごめん…僕の配慮が足らなかった…」

笹森は返事をしない。瀬戸も霧嶋も、稲垣を見る目が冷ややかだ。


「あの…彼女、竹宮芹花たけみやせりかは…僕の妹なんだ…」

その言葉に一同は少からず驚いた。


「ウチは…両親が離婚してて…妹は母さんに、僕は父さんに引き取られたから名字が違うんだ」


「なんで妹さんを部活に入れたの?」

霧嶋が納得しきれず訊く。


「来年…笹森が部長になった時、僕は卒業していない…僕のいないところで…彼女の補佐をするヤツが男だったら嫌だから…」


みんな何と答えたら良いのか困った。


「だから何?」

沈黙の中、笹森の声が響いた。


「妹だったらいいの?」

「妹に嫉妬やきもちやくのか⁉」


「そう云う事を言ってるんじゃないよ!

妹なら黙っててもいいの?

疚しくなければ勝手にしてもいいの?

その間、何も知らないわたしがどんな想いをしててもいいの?

どんな気持ちになっても関係ないの?

こんなことがある度わたしは振り回されないといけないの?」


「僕が信じられないのか⁉」

一気に話す笹森に、稲垣も大声で返した。


「稲垣くん…信じていても不安にはなるよ。ほんの小さな事だって気になるんだよ…」


「そんなの!僕を信じてないのと一緒じゃないか!部長も何とか言ってやって下さい」


「えっ?」

いきなり振られて真古都も焦っている。

「あ…あの…ごめん…わたし、稲垣くんが納得することなんて言ってあげられない…

わたしも…いつも不安だから…」


稲垣が困惑した顔になる。


「瀬戸くんにお手紙やお誘いがあると、わたしも胸が苦しくなるから…


今日断った人が明日も来たら…

毎日来てたらそのうち挨拶するようになるかも…

話をするようになるかも…

これくらいならって…

引かれてるラインが緩くなって…

どんどん仲良くなったらどうしようとか…


バカな事だって思うかもしれないけど…

そんなつまらないことを真面目に考えたりするの…

そんなことを考えてる自分が悲しくなるのに…


だから信じてても良いって云う確証と安心の言葉が貰えるとそれだけで幸せな気持ちになれるんだ…」


真古都は、傍に寄ってきた笹森を抱きしめて背中を擦ってる。


「稲垣、今日は帰ってゆっくり考えろ。

俺はこのバカみたいに心配性なコイツを安心させるために、自分の出来得る限りの事をすると決めた。

ほんのちょっとのすれ違いでコイツを失いかけるのは二度とご免だからな。

でもお前と俺は違う。お前のやり方や考えが有るだろうから」


稲垣は頭を下げると、妹だと云う女の子と一緒に帰って行った。


俺たちも帰り支度をして外に出ると、空はもう暗くなりかけていた。


「あっ、部長!一番星ですよ~」

笹森が空に輝く明星を指差して言った。


「わたしにとって稲垣くんはあの明星だったのかも…あんまり輝いてるから…高い空にあることを忘れて掴めそうに思ったんだ…

明星でなくて良いから、わたしを大事にしてくれる地上の星が良かったなぁ…」


笹森さんの言葉に、わたしも明星を見上げながら、

《瀬戸くんも高い空の明星じゃなく、わたしの地上の星であって欲しい…》と思った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る