第56話 好きな人とする初めてのキス

 次の朝、真古都が俺の胸の上で目を覚ます。


「おはよ

しがみついて寝る程

俺の事が好きだったとは嬉しいね」


昨夜、俺が抱いて寝た所為なんだが、

何食わぬ顔で訊いてみた。


「えっ…あの…これは…」

「えっ? ちがうの?」


真古都が慌てて俺の胸から離れたので

俺は少し上体を起こして上から真古都を見る。


「こんなにくっついて寝てたのに?」

「あの…えっと…」


真古都は困ってる


「彼氏とお泊まりだぞ

お前も嬉しくない訳ないだろ?」

真古都の頬を撫でて揶揄うように言った。


「う…嬉しいです」

彼女は真っ赤な顔を隠して言ってくれる。


『よしっ!』



瀬戸くんが朝食の準備をすると言って

先にテントから出たので、

わたしは身支度を済ませてから外に出た。


『なんかいい香りがする…』


「はい、

朝はミルクティーでどうぞ」


瀬戸くんがわたしのために紅茶お茶を入れてくれる。


『アッサムのミルクティー美味しい…』


………?

アッサム?

確か…夕べはアールグレイだった筈…


えっ?

この茶葉どっちもマリアージュフレールだよね?


キャンプのために用意してくれたの?


マリアージュフレールの茶葉はお高い…

わたしがお小遣いで買えるのは

100g5000円前後のものが精一杯だ…

それだって毎月は買えない…


瀬戸くん…

わたしが紅茶を好きなの知ってて

わざわざ用意してくれたんだ…


「せ…瀬戸くん…

わたしのために紅茶お茶ありがとう」

わたしは改めてお礼を伝えた。


「なんだ…そんな事か…お前紅茶好きだろ?

折角キャンプに来たんだし…

自然の中で好きな紅茶が飲めたら

お前が喜ぶと思っただけだ…気にするな」


瀬戸くんはメチャクチャ恥ずかしい事を

サラリと言ってくれる。

でも…嬉しい…



真古都が値段の高い茶葉に恐縮してるので

俺は何でもない顔をして言った。

彼女は凄く喜んでいる。


キャンプのために俺は茶葉を奮発した。

それには理由わけがあった。

『ごめんな真古都…

俺はお前が思ってるほどいいヤツじゃないんだ…』



その日も楽しくて、

あっという間に1日が終わった。


「瀬戸くん

キャンプ連れてきてくれてありがとう!

2泊ってあっという間だね 凄く楽しかった」

「喜んでくれて良かった」


真古都がキャンプを楽しんでくれて俺も嬉しい…


彼女の頬にキスをする。


俺は彼女の躰に回した手に少し力を込めて訊いた


「真古都…

最後の夜だから、ちょっと彼氏らしい事

していいか?」


「…?

いいけど…何?」


「後で怒るなよ」


「!」



一瞬、何をされてるのか判らなかった。

おやすみのキスの後瀬戸くんが訊くから、

連れてきてもらったキャンプが凄く楽しくて

なんだろうと思ったけど

OKした…


2日も一緒にいたらそろそろ我慢の限界だった…

だけど拒否されたら…

そう思ったら躰を離されないよう

抱きしめる手に力が入った


初めてのキスに困惑してるようだが拒否はない…


ゆっくり唇を離すと、彼女の躰をそのまま寝かす


「せ…瀬戸くん

こんなのあんまりだよ」


真古都の頬が紅潮している


「俺はする前に許可を取ったぞ

嫌ならもうしないから安心して…」


「初めてのキスは好きな人としたかったんだよ」

少し拗ねたように目線をそらしている


「知ってる 俺じゃ嫌?」


真古都は躊躇いながら首を横に振る

こう云う訊き方をすれば

必ず “嫌じゃない” と答えることを知っていた

汚いやり方だな俺…


「俺のことは嫌いか?」

「そんな訊き方ずるいよ」


真古都は困ってる


「ちゃんと答えろよ…どっち?」


自分のために高い茶葉を奮発して用意した俺を

コイツが “嫌い” だと言わないことも知ってる

そう…俺はズルくて汚いヤツだ

好きな女を他の男に取られないために

何だってするような打算的で浅ましいヤツだ


「す…好き」


真古都が

伏し目がちに言った


『よしっ!』


「ほらっ、ちゃんと初めてのキスは

好きなヤツとしてるだろ 良かったな」


俺は真っ黒な下心を笑顔で誤魔化した


「来たの、後悔してる?」


俺の問いにプイッと彼女が横を向く

でも握った手はそのままで離されてはいない


『良かった 拒絶はされてないみたいだ』


真古都の顔を自分に向けて

俺はもう一度唇を近づける


戸惑いながら開ける口も

這わせた舌に震える唇も

このまま全てを奪ってしまいたいくらい

真古都が可愛い


握り返す手が震えている

愛しい気持ちが胸の中を占める


この手を

この先どんな事があっても絶対離さないと

その時の俺は思っていた













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