第30話 真夏の夜の夢

 「はあーっ」

俺は今日何回目になるか判らない溜息を吐いた。


「今日の翔吾くん、なんだか元気無いですね」

「ハッキリ可笑しいと言って構わないよ。宿題を全部やり終わった辺りから、ずっとあんな調子なんだ…」


瀬戸翔吾は、父親の経営する画廊の店番をしている。

いつもなら、店番をしながら読書や勉強などをしているのだが…

今日の、と云うより最近の彼はずっとこんな調子なのである。

そんな彼を父親も、翔吾を子どもの頃から知っている経理の露月駿祐つゆづきしゅんすけも不思議そうに眺めていた。

こんな彼の様子を見たのは、初めてだったからである。


「翔吾」

返事がない。

「おい、翔吾!」

「えっ?…ああ、なんだよ親父、いきなり大声出して。」

全く心ここに有らずといった彼の様子に、二人とも呆れてしまった。


「お前、今日はもう帰りなさい。その代わり隣町のフラワーショップで、来月の展示会に飾る花を注文してきてくれ」


夏休みって…こんなに長かったか?

宿題や課題が有るうちは良かったが、それが無くなると毎日が長くて仕方ない…


お店のドアが開くベルの音を聞く度、心臓がドキドキする。

どうか男のお客さんが来ませんように…

バイトの子が急に休んで、夕方のこの時間はお客さんも少ないからと、店番に駆り出されてしまった。


ドアのベルが鳴って人が入って来る。

「えっ?三ツ木?」

「瀬戸くん?…良かったぁ…」


まさか画廊で使う花の注文先が、三ツ木の家の花屋だったなんて…

しかも偶々バイトが休んでくれたお陰で、三ツ木の元気そうな顔が見れた。

久々に髪を下ろして、エプロン姿の三ツ木が新鮮だった。


そこにベルが鳴って人が入って来る。

「真古ちゃ~ん、頼んどいたの出来てる?」

その声に俺は一瞬で不愉快になる。

「出来てますよ」

学校では絶対聞けない明るい声で答え、花が入っているガラスケースの中から、大きめな花束を持って来た。


「なんだか緊張してきた~」

「大丈夫ですよ先輩!」

相変わらず、穏やかな笑顔をその男の為に向ける。


『くそっ!俺以外の男にそんな顔するなよ!』


「お待たせ、お花は配送の手続きしておくね。いつもありがとうございます」

「お…おう、それより何?今の大きな花束」


「今日、桂木さんが誕生日だから告白するんだって。卒業したら別々の進路に、やっと告白する決心がついたんだって。OKなら夏祭りお誘いするらしい。いいよね」

三ツ木は羨ましそうに笑っている。


『あの男と夏祭りに行くのがそんなに羨ましいのか?』


「お前も夏祭り行きたいのか?」

俺の質問に、三ツ木がビックリした顔を俺に向ける。

「え~っ!無理!無理!無理!無理!あんな人混み!怖くて行けないよ!」

三ツ木はムキになって否定している。


「連れて行ってやるよ」

「えっ?」

「夏祭り」

三ツ木が意外そうな顔を見せる。

「なんだ?俺じゃ役不足か?」

「そ…そんな事無いです!」

「だったらもっと嬉しそうな顔しろよ!」

「う…嬉しいです…」

「当日、18時に迎えに来るから。いいな」

三ツ木は俺の言葉に、コクコクと何度も俯いていた。


「露月さん!」

次の日俺は経理の露月さんに、花火が見れる、なるべく人気ひとけの無い場所、しかもそこに行くまでも、出来れば人混みの少ない路を訊いた。折角連れていくんだ。人混みで怖い思いはさせたくない!


昨日と打って変わった俺の態度に、二人とも困惑している。

「なんでそんなに人気ひとけの無さを気にするんだ?まさかとは思うが、あいつ変な事を考えてないだろうな?」

「翔吾くんに限ってそれは…」

突然の変わりように、大人二人の心配は尽きない…


『浴衣、久しぶり…おかしくないかな?』

わたしは瀬戸くんが来るのをドキドキしながら待っていた。

瀬戸くんは、時々予想もしない様な事をする。

わたしにも、口には出さないがいつも気遣いを示してくれる。


「きょ…今日はよろしくお願いします」

「お…おう」

三ツ木が緊張した顔を見せる。

「多少は仕方ないけど、なるべく空いてる路教えてもらったから…俺の側離れるなよ」


最初は瀬戸くんの後ろからついて行ってたけど、そのうち人が多くなって、わたしが遅れがちになったので、瀬戸くんは手を繋いでくれた。


小高い丘の上から、二人で花火を見た。

初めて近くで見た花火は大きくて、凄く綺麗だった。

わたしなんかと一緒で、瀬戸くんは楽しめたのかな?


「瀬戸くん、連れて来てくれてありがとう」

三ツ木が…俺を見てお礼を言ってくれる。

「は…花火見たのも…誘われたのも初めてで…凄く嬉しかった」

ポロポロ泣く三ツ木にタオルを渡す。

「一緒に…一緒に来れて…よかった」


俺は三ツ木の背中を優しく撫でた。


三ツ木は…俺の胸に顔を埋める。


『気がすむまで泣けばいいんだ…嬉しい時の涙だって支えるのは俺の腕の中だけだ…他の男には譲らない…』







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