第31話 新たなる思い 前編

 夏祭りの夜、三ツ木が俺の胸で泣いてから、

お互い前よりずっと近い関係になった。

ただ、俺も三ツ木も、二人の関係に特別の名前をつける訳でもなく、特別の感情を意識する訳でもなく、一緒にいる時間だけが増えていった。


二学期が始まると、どのクラスでも文化祭の準備で忙しくなる。

その日部活に行くと、クズが俺を呼びつけて、文化祭実行委員会の集まりに、美術部代表で出てこいと言いやがった。

さすがに、先輩から言われれば、一年の俺は従わざるを得ない。


最近は殆どの時間を三ツ木と過ごしていたから、きっと油断していたんだ…


三年の辻宮暉つじみやひかるが昼休み、部室で昼寝をしていると、外から笑い声が聞こえてきた。

それだけならさして気にも止めなかったが、その声が聞き覚えのある声だったので、何気に外を覗いた。


そこには、部活の一年生二人が一緒に昼食を摂ってるところだった。


「瀬戸くんひどいっ!また購買部の焼きそばパンじゃん!」

「お前焼きそば好きだからいいだろ。ほら、俺が買った焼きそばパン旨いぞ」

「売ってるパンなんて誰が買っても同じ味じゃない!わたしのお弁当は手作りなのにぃ」

「だから俺が食ってやってるだろ」

「もうっ!」


「へえ、あのコブタちゃんあんな顔するんだ」

あの二人仲がいいとは思ってたが、コブタちゃんにあんな顔をさせるような間柄なんだ。

春樹の面白半分に揶揄からかう無理難題にも、いつも彼女を庇うのはあの一年だ。


『くそっ!中々意見が纏まらなくて遅くなった』

俺が美術部に戻ってくると、血相を変えて和泉先輩が駆け寄って来た。

「瀬戸くん大変だ!三ツ木くんが…」


和泉先輩の話だと、俺が実行委員会にいった後、辻宮先輩が三ツ木を連れ出したという…

『どう云う事なんだ!?』


部室の前に来ると中から笑い声が聞こえる。


「辻宮があいつとするか賭けようぜ」

「え~っ辻宮くんなら絶対やっちゃうっしょ」

「あいつ女なら見境ないからな」

「あのブスがどんな顔して帰ってくるか見物だな!」


俺は学校から飛び出した。

女を連れ込む場所は予想がつく。

既に入った後だともう捜しようがない…

急がないと…


俺とコブタちゃんは、駅から少し離れたアーケードへ向かっている。

お茶菓子はいつもそこで買うそうだ。

『菓子なんてどこで買っても一緒だろうに』

話を訊くと、相手に合わせて選ぶらしい。

春樹ならあんこは大丈夫だが、こし餡でないとダメだとか…

朱音なら大豆にアレルギーが有るから、きな粉はダメだとか…

出された菓子を気にもせず食ってたが、彼女は毎回そんな事を考えながら用意してたのか…

部活であれだけ酷い扱いをされてるのに、どれだけお人好しなんだ…


「そういえばわたし、二年くらい前に印象派の絵画展に当てた先輩の読者投稿読みました」

コブタちゃんがいきなり読者投稿の話を始めた。

あれは俺が高一の時地方新聞に投稿したやつだ。

「同じ作品でも、こんなに違う見方があることや、年代と共に作風が変わっていく事への捉え方とか、とにかく物凄く衝撃を受けたの覚えてます」

「まあ、あの頃はそんな仕事がしたかったからね」

「先輩なら絶対なれますよ」

コブタちゃんが当たり前のように言ってくれる。

「先輩はお茶菓子何が好きですか?」

「ら…落雁」

「良かった、ここの落雁美味しいんですよ」

そう言って彼女は落雁を買いに店の奥に入っていった。


「あっ…痛っ!」

買い物が終わって駅に向かう途中でコブタちゃんが足を止めた。

「どうした?」

「大丈夫です。目に髪の毛が入っただけです」

「ちょっと見せてみろ」

「えっ…でも…」

買った荷物を下に置いて、彼女が手で押さえてる右眼を見ようと顔を近づけた。


「三ツ木に触るな!」

あの一年の声だ。

「三ツ木に何したんですか!」

今にも殴りかかってきそうな勢いで近づいて来る。

……確かには誤解されそうだ。

駅に向かう早道に、俺たちは一本外れた裏通りを歩いていた。

まあ、所謂ホテル街… 


こっちに向かってくる一年の方へ俺も歩いて近づいた。

丁度目の前に来た時、コブタちゃんに聞こえないよう小声で告げる。

「安心しろ、お前が心配するような事はしてねぇから」

どれだけ走り回ったのか、シャツが汗でびっしょり濡れて、額から流れる汗が滴り落ちてる。


「あのお人好しのコブタちゃんをくったら食あたりおこしそうだ。そんなに心配なら側を離れるなよ」

「お…俺は」

「駆けつけてきた時のお前の顔、この世の終わりみたいに酷い顔だったぞ」

一年は耳まで真っ赤になってる。

「お前の側でコブタちゃんがあんまり可愛く笑うから、ちょっと泣かしたくなったんだ…あんな可愛い顔もするんだな」


「お守り役が迎えに来たから俺もう行くわ」

「先輩ありがとうございました」

俺は二人を残して学校に戻る。



『当たり前だ!くそっ!クズに向ける笑顔と一緒にすんな!』


『あの一年、あんなに赤くなっちゃって…まだ気付いてないのか…?まあ、俺が教える義理は無いからな』

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