第29話 嫉妬

 部活は試験の一週間前から休みだから、三ツ木に逢ったのは試験前日、勉強を教えたのが最後だ。


『あいつ、大丈夫か?』

俺は手元にある自分の答案用紙を見て、三ツ木がどのくらい解答出来たか考えていた。

「おい瀬戸、お前今回凄いな。総合満点で学年一位だぞ」

そう言って俺の前に座り、笑顔を向けてるコイツは柏崎双葉かしわざきふたばといって、小学校から一緒のヤツだ。

数少ない俺の友人でもある。


総合満点など、正直どうでもよかった。

三ツ木に勉強を教える時、学年主任の言葉に腹が立ったから、当て付けにいつもより良い点を取りたかっただけだから。


「それより…」


わたしは渡り廊下の端で行ったり来たり、その場をうろうろしている。

わたしはいつもと違う場所や、知らない人が苦手だ。

渡り廊下を挟んで自分の居る棟にはC組からE組があり、向こうの棟にはA組とB組がある。

瀬戸くんのいるA組に行きたいが、どうしてもこの廊下を渡れないでいた。

『明日から夏休みだから…今日見せたかったのに…』


俺は帰るつもりで昇降口に行こうと、渡り廊下を通りかかったら、廊下の向こうで三ツ木がうろうろしている。

『何やってるんだアイツ…渡れないのか…?』

アイツはコミュ障なところがあるから、普段来たことの無いこちら側に来れないでいるんだろう。


「何やってるんだ三ツ木」

「えっ…瀬戸くん?…あ…あの…迷子…」

「はあ?」


なかなか思い切りがつかないでいたら、いきなり瀬戸くんに声をかけられて変な事を言ってしまった。恥ずかしい…


「ふーん…迷子ね…」

三ツ木を見ると、手に何枚かの紙を握っている。

直ぐに答案用紙だと判った。

「こんな所で迷子になるヤツなんて初めて見たけど?どこに行きたかったんだ?」

三ツ木が答案用紙を見せに来たんだと気付いたが、なんとなく素直に訊けなかった。


「あ…あの…」

どうしよう…瀬戸くんに試験の結果を見せたかったのに、目の前に来たら言えなくなっちゃった…

瀬戸くんは今回、総合満点で学年一位だ。

わたしに勉強教えていて時間無かった筈なのに…

『やっぱり瀬戸くんは凄いな…』


「俺が案内してやる。ついてこい」

「えっ?えっ?」


『瀬戸くんに言われるまま来てるけど…どこに行くんだろう…』


『上手く訊いてやれなくて、つい誘ったが変なヤツだって思われてないか?』


駅向こうの路地を入ったところで、横を通りすぎたカップルの男が三ツ木に声をかけてきた。


「あれっ?ちゃん?」


『えっ!?今、”真古ちゃん“って呼んだ?』


「真古ちゃん、例の件、よろしくね」

「大丈夫ですよ、任せて下さい」


男の方が、わざわざ連れの女から離れて三ツ木の側に来たと思ったら、三ツ木の耳元で声をかけた。

無造作に肩まで伸ばした髪が見苦しいが、割りとイケメンだ。

三ツ木も笑顔で答えてる。

随分、馴れ馴れしくないか?

ウチの学校の生徒だよな?

『ウチの学校で俺以外に笑顔を見せるって、一体誰なんだ!?あいつを真古ちゃんと呼ぶヤツなんて初めて見たぞ』


俺は悶々とした気持ちのまま、三ツ木を近くの喫茶店に誘った。

教室で、柏崎に教えてもらった処だ。


「それより…柏崎、この辺でお茶を飲めるいい場所知らないか?」

「お前が行くのか?」

ヤツが不思議そうに訊いてくる。

「俺だってサ店くらい行くよ!彼女がいるお前ならいい店知ってるだろ?」

「へえ…奥手で堅物のお前がねぇ…」

意味ありげに俺を見てニヤついてる。

「だったらいい店教えてやるよ。駅向こうの路地を入った処に“My beloved”って喫茶店有るから。クラシカルで雰囲気もいいし、連れていくならうってつけだぞ」


『くそっ、三ツ木は彼女じゃないから…それになんだよ“My beloved”って!』


「あ…あの…誘ってくれてありがとう。誰かに誘われたの初めてだから凄く嬉しい」

三ツ木が俯き加減で含羞んでる。


『そんな顔見せるの…俺だけにしとけよ…全く』


「さっきのやつ、随分親しそうだったけど?」

俺はなんだか面白くなくて突っ慳貪に訊いた。

「あっ…瀬戸くんは初めてだっけ?あの人が園芸部の部長だよ。天宮先輩、一緒にいたのが副部長の桂木さん」

「あいつが園芸部の部長?」

「うん」


面白くない…!

紅茶とホットケーキを、幸せそうに食べる三ツ木とは反対に、俺の胸はザワザワと厭な風が吹いている。


「間抜けな迷子を案内してやったんだ。さっき手に持ってたやつ見せてみろよ」

俺は淡々と三ツ木に言う。

「もう、瀬戸くんのいじわる…」

三ツ木から受け取った答案はどれも平均点以上取れてる。


「瀬戸くんのお陰だよ。ありがとう!」

「頑張ったのはお前だろ」


「よく頑張ったな三ツ木」

俺は三ツ木の頭に手をおいて撫でてやる。

三ツ木は顔をほんのりと染めて恥ずかしそうに笑っている。


『なんだよ、ちょっと頭撫でたくらいでこんなに喜びやがって…子どもじゃあるまいし…』


『お前のそんな顔、他の男に知られるのは癪に障る…』












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