第28話 瀬戸くんの理想
わたしは瀬戸くんのお陰で、順調に問題を解き進めていった。
そんな時、ドアが少し開いて誰かが覗き込んできた。小間澤由布穂だ。
「なんだこんなところにいたんだ。二人っきりで何してるの?」
彼女は勝手に入って来たにも拘わらず、遠慮がない。
可愛い子は何をしても、大概許されるからだ。
「使用目的の欄を見なかったのか?試験勉強の為と書いてあったろう?何の用だ?」
瀬戸くんが彼女に声をかける。
「三ツ木さんが話の途中で急にいなくなったから捜してたの。好きな人がいるって言うから気になっちゃって…だって応援してあげたいじゃない」
小間澤由布穂はあっけらかんと笑っている。
応援?嘲笑の間違いじゃないの?
「応援は必要ないと思うぞ」
瀬戸くんが静かに言う。
勝手に入って来た彼女を咎めることもしない。
可愛い子はやっぱりいいな…
「瀬戸くんは相手の人知ってるんでしょう?」
いつの間にか彼女は、瀬戸くんの側で甘い声を出している。
そういえば瀬戸くんに彼女がいるか、訊いていたっけ…
どうしよう…先輩の事話されたら…
瀬戸くんだって、あんなに可愛い子から訊かれているんだ…話してしまうかもしれない…
「中学の時、一緒だった
……?…
瀬戸くん…何だか随分、話端折ってない…?
嘘は言って無いけど…
「なんだぁ…つまんない」
彼女がまた甘い声を出しながら瀬戸くんに擦り寄って行くが、躰が触れないよう瀬戸くんは上手く躱している。
「悪いが期末試験の勉強中なんだ。そろそろ遠慮して貰えると助かるんだが…」
瀬戸くんが彼女に言ってくれてる。
『瀬戸くん、わざと端折った話をして有耶無耶にしてくれたんだ…』
結局、あの女は三ツ木に無理言って居座っている。
俺の隣に座ったので、それからはずっとホワイトボードの前で、問題を解いて三ツ木に説明することに専念した。
『何これ、授業の補習受けてるみたいじゃない!瀬戸くんずっと問題の説明してるし…つまんない』
元々、真面目に試験勉強などしたくない彼女はだんだん飽きてきた。
「瀬戸くん、この問題解らないから、側に来て教えて!」
「隣について教えてもらいたいなら、帰って彼氏か家庭教師にでも頼め。俺は三ツ木にもこのやり方で教えてるから変える気はない」
俺はけんもほろろに断った。
「冷たいなぁ…あれっ?これ三ツ木さんの答案?これじゃあ教える瀬戸くんも大変だね」
小間澤由布穂はケラケラと笑だした。
「何言ってる、解らないから教えてるんだ。今の点数が何点でも関係ない」
俺は女の態度が腹に据えかねて言ってやった。
「そのかわり俺が教えるんだ、今回の期末では必ず平均点以上とってもらう」
「平均点かぁ…取ったら何ご褒美くれるの?」
『はあ?』
俺の怒りは爆発寸前だった。
わたしは何だか居たたまれない。
さっきからずっと小間澤由布穂が瀬戸くんに絡んでるから…
『瀬戸くんも…あんなに可愛い子から言い寄られたら行っちゃうんだろうな…男の子だもん』
わたしは胸の奥がチクッとなって、少し寂しい感じがした。
「ご褒美にキスして?そしたらわたしも頑張る」
小間澤由布穂が、これでもかと云う笑顔を瀬戸くんに向ける。
「俺は付き合ってもいない女とする気はないし、ましてや、親しくもない男にねだる女とは頼まれても御免だ」
瀬戸くんが即答している。
「じゃあ、瀬戸くんてどんな子がタイプなの?」
彼女が聞き返した。
「そうだな…可愛いところがあって、俺の言う事ちゃんと訊くヤツ」
瀬戸くんが表情も変えずに話している。
「何それ」
彼女は変な顔してるけど、わたしはなんだか瀬戸くんらしいな…と、思ってしまった。
…ああ、でもやっぱり、可愛い子がいいのか…
「献身と忠誠」
その言葉にわたしも彼女も固まった。
「俺が相手に求める譲れない要素だ」
瀬戸くんがいつも以上に冷たい表情で言ってる。
あれは嘘や冗談でなく瀬戸くんの本心だ…
「献身と忠誠なんて、あんたバカじゃないの?女を奴隷か下僕にでもする気?」
「ふんっ!これは俺の理想でお前には関係ない。訊かれたから答えただけだ」
どっちも譲らない態度にわたしはおろおろする。
「わたしもう帰る!付き合ってらんない!」
彼女はドアを勢いよく閉めて出ていった。
「三ツ木、なんであの女はあんなに怒ったんだ?」
「なんでって…えっと…」
わたしは答えに困った。
「だってそうだろう?お互い、相手に対して信頼と誠実を持って接するべきだ。違うか?俺は信頼出来ない女とは付き合えない。相手に強制はしないが、長続きを望むならお互い同じ気持ちが大切だと思う」
『やっぱ瀬戸くんだ…色々考えてて凄いな』
「俺間違ってないだろ?」
こくこくと三ツ木は頷く。
『やっぱり三ツ木は判ってくれると思った』
瀬戸くんの言いたいこと判るよ…
瀬戸くんほど思いやりがあって、責任感の強い人滅多にいないもの…
瀬戸くんの彼女さんは幸せだな
案外、彼女さんにはベタベタに甘いかも…
『普段は苦虫を噛み潰したような顔してるから、最初は睨まれてるのかと思ったけど…甘々な瀬戸くんも見てみたいかも…』
『なんだ?ヒトの顔見て、含み笑いなんかしやがって…絶対変な事考えてるなこいつ…』
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