第24話 期末試験
一年C組の教室がざわついているのはいつもの事だった。
仲の良い者同士で集まり、ホームルームが始まるまで話し声が絶えない。
そんな教室の中に、女の子が入ってくる。
三ツ木真古都だ。
二階から落ちてきた鉢植えで怪我をし、入院していたが今日から登校してきたのだった。
彼女が教室に入ると、途端に空気が変わった。
興味本位の好奇心で満ちた視線が、彼女に纏わり付く。
《あの眼帯の下、どうなってるのかな?》
《可成酷い怪我だって聞いたけど?》
《どんだけ酷い傷か見てみたいよな》
《悪趣味だね》
学校に来れば、クラスメイトからどんな目で見られるか予想はついていた。
それでも、教室のあちこちから聞こえる自分を嘲笑する声や、視線が辛かった。
『瀬戸くん、わたしまだ眼帯外す勇気ないよ』
彼女は窓の外に目を向け、病院であった事を思い出す。
診察の後、病室で鏡に映った自分の傷を確認する。
「やっぱり残っちゃったな」
何度見ても溜息しか出てこない。
眉毛の端と目尻の脇に、四センチ程の傷が縦についていた。
傷が残ると判った時、ブサイクな上に傷までついてしまって、なんて運が無いんだろうと思った。
「折角、瀬戸くんと少し仲良くなれたのにな…こんな酷い傷が顔についてる女の子なんて、今度こそ口も利いて貰えないだろうな」
ところが、瀬戸くんは「俺の前では無理するな」
と言ってくれた。
今までずっと胸の奥で抑えていたものが崩れて、
わたしは瀬戸くんの前で子供みたいに泣いた。
瀬戸くんが親切で、いい人なのは判ってる…
だけど…
「こんな酷い傷がある女の子なんて気持ち悪いよ!」
自分の気持ちが抑えられず、泣き叫んだ。
瀬戸くんは一瞬固まっていたけど、突然わたしの眼帯を外してしまった。
抜糸が済んだばかりの傷口が露になる。
「これのどこが気持ち悪いって?二度とそんなふざけた事を言ってみろ、次は本当に怒るぞ!他の誰が何を言おうと、俺はそんな事は思わない!だからお前もそんな事は二度と口にするな!」
ノックの音がして瀬戸くんが入ってくる。
「三ツ木、明日退院だろ?おめでとう」
「瀬戸くん、ありがとう」
そうは言っても、顔に残った傷痕を考えたら、素直に喜べないのも事実だ。
「三ツ木、お前いつから学校に来るんだ?」
「え…来週から…」
「そうか…」
何か考え込んでいる彼を見て、『退院したからって、すぐ学校になんて行けないよっ!』と、心の中で文句を言った。
「じゃあ、登校日の放課後から始めよう」
意味不明な提案に首を傾げる。
「何を?」
「何をって、期末の勉強だよっ!登校日の翌週には期末が始まるんだぞ。時間が無いから効率的にやるからな!赤点は取りたくないだろ?」
A組の彼と違って、今更わたしがどれだけ頑張ろうと、赤点を免れるとは思えない。
「瀬戸くん、今回は仕方ないよ。後で補習と追試を受けるから心配しないで」
当たり前のように言う彼女に向かって、彼は目を吊り上げ、激昂する言葉を浴びせかけてきた。
「仕方ない?何だよその投げやりな態度は!お前まだ何もしてないだろうが!何もしてないうちから結果を決めつけて、努力もせずに諦めるってどう云う事だよ!仕方ないって云うのはな、出来る事は全てやり尽くして、それでもどうにもならない時使う言葉なんだよ!」
普段でも目つきの鋭い彼が、それに輪を掛けて強い眼差しを向けてくる。
「ご…ごめんなさい」
本気で怒る彼を前に謝る以外術がない。
「いいか?お前は登校日まで、とにかく今までの復習をしろ。試験対策は俺がする!」
わたしは反射的に謝ったものの、次の言葉が出なかった。
「何黙ってるんだよっ!返事は!?」
「はいっ!」
彼の勢いに思わず返事をする。
「…ったく、相変わらず手のかかるヤツだ。俺は準備もあるからもう帰るわ」
「う…うん」
彼はドアの前まで行くと、再びわたしの方を向いた。
「いいな、さぼるなよ」
念を押すように、低い声で投げ掛けられる。
いつにも増して重みと迫力がある。
「それと、そんな傷が有ろうと無かろうと、お前自身の価値は何も変わらないから、そのボンクラ頭にもう一度よく叩き込んどけよ!」
彼が帰った後も、暫くわたしは動けなかった。
『せ…瀬戸くん、怒ると怖い…』
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