第22話 意外な差し入れ

 三ツ木は俺の事を実直な人間だと言い、ノートも判りやすいと絶賛してくれた。

一体、俺の何処を見たらそんな風に思えるんだ?

こいつの性格からして世辞では無いだろう。

だからこそ、余計に彼女の言葉に狼狽した。

『くそっ!そんな恥ずかしい事、面と向かって言うなよ!』

全くこいつは、自分の事はあれだけ卑下する割りに、相手には恥ずかしげもなく褒めるのか!


「そんなに褒めたって何にも出ないからな!」

俺は、照れ臭さを誤魔化すために、わざと突っ慳貪に答える。

「判ってるよ」

それでも三ツ木は笑って返してくれる。

入院してから、こいつは俺の前で良く笑う様になった。

勿論、クズに向けるような、あの乾いた笑顔では無い。


「仕方ないからこれをやるよ」

俺は持ってきた紙袋を渡した。

「重いっ!何これ?」

三ツ木は不思議な顔で袋の中を覗き込む。

「辞書?」

彼女は、一冊づつ袋から取り出しては、意外そうな顔を俺に向ける。

「お前、一冊の辞書を家と学校で使い回してるだろ?俺の使い古しで悪いが、お前が使い易そうな出版社のを見繕ってきたから」

三ツ木の顔が笑顔に変わった。

まるで、物凄いプレゼントでも貰ったかの様だ。


「ありがとう!大切に使うね」

たかが辞書四冊で、そんなに嬉しそうな顔をするなよ!

「でも良いの?瀬戸くん不便じゃない?」

くそっ!また俺の心配か?

「俺は別のがあるから心配はいらない。これで体力の無いお前が、重い鞄を持ち歩かなくてすむだろ」

俺は少し皮肉交じりに言ったが、それでも三ツ木は、辞書を入れた袋を大事そうに抱えて喜んでいる。

『くそっ!そんな物でそんな顔されたら、上げた俺の方が恥ずかしいだろうが!』


「瀬戸~、お客さんだぞぉ」

帰ろうとする俺に、クラスメイトの男子が声をかけてきた。

廊下を見るとあの女がいる。

「何?瀬戸、お前彼女出来たの?」

別のヤツが茶化すように言う。

「趣味の悪いこと言うな。知り合いのクラスメイトだ」


俺はあれから毎日三ツ木の病院へ行っている。

新しいノートのコピーを渡したり、解らないところを教えてやったり…

ところが、あの日三ツ木のクラスで、一番最初に声をかけてきたあの女が、毎日俺のクラスに顔を出すようになった。

勿論、三ツ木に渡す配布物等を持ってくる分には構わないが、何の用が無い時でもやって来る。

実際は断然こっちの方が多い。

いい加減俺もうんざりだ。


「今日は何?」

俺は素っ気ない態度で訊く。

「ん…今日も行くのかな…って」

彼女が上目遣いで俺を見る。

毎日何がしたいんだこの女は?

「用が無いなら失礼する。」


俺は昇降口に急いだ。

今日は大事な日だから、早く行ってやらないと…

そう思っているのに、またあの女が追いかけて来て声をかける。

「ねぇ、そんなに急いで何かあるの?」

俺は説明するのも面倒臭いので、そのまま無視して歩き出した。


「もう!瀬戸くん!」

俺を呼ぶ声が聞こえる。

馴れ馴れしく俺の名前を呼ぶな、くそ女!

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