第21話 自分の身に起きた恐怖と瀬戸くんの優しい気遣い

 突然、何かが頭に当たった。

目の前が真っ白になって、わたしは立っていられずその場に倒れてしまった。

当たった所が次第に痛みを増してくる。

わたしは痛い所を手で押さえたけど、何だか感覚が無い。

瀬戸くんが来て、どかされた手の場所に何かを押し当てられた。


「三ツ木!大丈夫だ!」

瀬戸くんが声をかけてくれる。

どうしよう…動きたくても動けない。

頭の中で、轟音が鳴り響いている様だ。

周りで何か言っている声がするけどうまく聞き取れない。

そのうち、男の人の、大きな声がしたかと思ったらわたしに触れてきた。

わたしは全身の血が凍りつく様な恐怖を感じる。

「い…嫌ぁ!」


お願い!わたしに触らないで!

わたしは身の毛も弥立つ恐怖に抗う。

「三ツ木!大丈夫だ!」

瀬戸くんがわたしの躰を強い力で押さえている。

『瀬戸くん、怖いよ…』

わたしは見えない目から涙が出そうになる。

怖くて、瀬戸くんの服を力一杯握った。

その手を、瀬戸くんは強く握り返してくれる。


「大丈夫、救急車に乗るだけだ。安心して、俺も後から必ず行くから」

救急車?わたし怪我したの?

瀬戸くんは、強く握っていた手を、軽くポンポンと叩いてくれたので、次第に恐怖も落ち着いてきた。


わたしは何かに乗せられ移動させられた。

頭の痛みが酷くて何も考えられない。

僅かに開けた目に映ったのは、どこか狭い場所と何人かの男の人たち。

ここ救急車の中なの?

そう思いながらも、全身の血が煮え滾る様な嫌悪感が襲ってきた。

押さえつけられ、大声をかけられるが、頭の中の轟音で何も判らない。

『お願い!誰か助けて!』

そこから先は、うまく覚えていない。


目を開けると瀬戸くんの顔がある。

『良かった。来てくれたんだ』

わたしは言い様の無い安堵感を感じる。

「どうだ?どこか痛い所とかあるか?欲しい物とか、食べたい物とかあったら言ってみろ」

わたしの顔を見るなり、瀬戸くんが立て続けに言ってくる。

不安そうに覗く表情がいつもの瀬戸くんじゃないみたいだ。

「真古都、目が覚めたのね」

お母さんの声がした。


わたしは二階から落ちてきた鉢植えが、頭に当たって怪我をしたらしい。

お母さんの話だと、その時校庭にいた瀬戸くんが、自分の体操着を傷口に当てて出血を止めてくれたのだと教えてくれた。

『ああ…わたしはまた瀬戸くんに迷惑をかけてしまったんだ…』

もう、迷惑かけないようにするからと、言ったばかりだったのに…


「パニックになった真古都に、声をかけてくれたのも瀬戸くんなんだって?」

お母さんがまた余計な事を言う。

わたしは撃沈するしかない…

もう!

そんな恥ずかしい事知られたくなかったのに!

見ると、瀬戸くんも所在なげにしている。

そうだよね、こんな事言われたって、瀬戸くんだって困っちゃうよね…

学校から鞄まで持って来てくれて、瀬戸くんはいつも親切にしてくれるのに、わたしは迷惑ばかりかけて本当に申し訳ない。


次の日、瀬戸くんはノートのコピーを持って来てくれた。

「お前のクラスとは進み方が違うから、少し前の方からコピーしてある」

そう言って渡されたコピー紙を受け取って見ると、どれもノート一頁に字がびっしりと書いてある。

それだけでも圧倒されてしまうのに、良く見るとわたしのクラスよりも随分授業が進んでいるみたいだ。


「ホントだ。A組ってこんなところまで進んでるんだね。だけどこのノートなんか凄い…」

成績優秀の集まるA組だ。

このノートにしたって、どの頁もしっかり書き込まれてあって、わたしのノートなんて、落書き帳に見えちゃう位素晴らしい!

このノートの持ち主はさぞかし、頭脳明晰、英明果敢、聡明なお方に違いない!

するとそこに、瀬戸くんの爆弾発言が飛び込んでくる。


「悪かったな!俺のノートだよ!汚くて見づらいだろうが我慢しろ。あと足らない所とかもあったら言えよ」

瀬戸くんは、相変わらずぶっきら棒に言うが、そう言われれば瀬戸くんて、わたしなんかにも最初から普通に話してくれるし、親切だし、頼りがいがあって、何て人間の出来た人だとは思ってたけど…

このノートからもそれが窺える。


「あっ…ごめんなさい。違うの、あんまりびっしり書いてあって、しかもポイント毎に簡潔に纏まってるし、凄く判りやすくて…瀬戸くんの実直な性格が良く出てるね。これなら授業受けられなくても何とかなりそう」

わたしは素直に自分の気持ちを伝えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る