第9話 本音と建前
俺はクラスでも幾分浮いた存在だ。
俺の家は親父が画廊を経営している。
その為、子供の頃から大人同士のやり取りを、間近で見る機会の多かった俺は、表と裏の顔をよく目にした。
ウチは個人経営だし、扱っている作品も若手の無名作家が多く、取引の金額だって大したことはない。
それでも、若手作家の将来性や金が絡む事から、取引はいつでも慎重に行っているのが判る。
そんな時、相手の顔を見てると、嫌でも本音と建前が垣間見えてくる。
大人のやり取りを見て育った俺は、良くも悪くも全てにおいて現実的で冷めた物の見方をするようになった。
それは学校生活においても、色濃く反映される事になった。
わざとふざけるやつ
相手に合わせて愛想笑いするやつ
思ってもいないのに相手を立てるやつ
冷静に見てると段々反吐が出てきた。
俺は本音と建前を上手に使い分ける奴等に馴染めず、次第に孤立していった。
俺にはあんな器用な真似は出来ない。
元々口数の少ない俺は、用がある時以外は口を開く事も無くなった。
それに伴って顔つきも険しくなり、始終しかめっ面な為、ついたあだ名が“能面キノコ”だ。
クラスでこのあだ名を耳にした時、「そんな事言ったら良くないよ」と、クラス委員の女子が相手を窘めていた。
彼女は美人で気立てもよく、ウチのクラスだけでなく他のクラスの男子からも人気だった。
そんな彼女があだ名の名付け親だと知った時は、「やっぱり見た目で人の本質は判らないものだな」と、妙に納得してしまったものだ。
「入ります」
俺は事務的に声をかけ、美術室に入る。
俺の姿を見るや、二年の和泉先輩がとんできた。
「瀬戸くん本当に来たんだ」
先輩は、俺が来たのを信じられない面持ちで訊いてきた。
「おれ、辞めないって昨日言いましたよ」
俺は素っ気なく答える。
「う…うん、でも理由を訊こうにも昨日の瀬戸くん尋常じゃ無かったでしょう?言うだけ言ったら帰っちゃったし…」
そう言って先輩は苦笑している。
そうだった!
俺、あいつの言い草に無性に腹が立って……
「あのバカ、いくら忠告しても無理そうなんで、説得は諦めたんですよ。だからって俺が辞めた後、あいつに何かあったら寝覚め悪いじゃないですか。だから俺も残る事にしたんです。あいつまた準備室で掃除ですか?」
俺は照れ臭さを気付かれない様、わざと準備室の方へ躰を向けて返事をした。
「いや…それが、今日は先輩たちが部室に集まっててね、彼女買い出しに行かされたんだよ」
あいつら後輩にパシリまでさせるのか!
俺は一気に不愉快になる。
「悪いけど瀬戸くん、可成の量を言われてたから迎えに行ってあげてくれないかな?坂の下にあるスーパーへ行ってるから」
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