第7話 一年C組、三ツ木真古都 #1

 部活の顔あわせで、二年ぶりに先輩の顔を見た。

卒業式の時よりずっと大人びた感じだった。

隣にいたのは彼女さんかな?

巻き毛のロングヘアがよく似合っている睫毛が長くて色白美人。

「やっぱり先輩の彼女さん、美人だったなぁ」

わたしはお風呂に浸かりながら、先輩の彼女さんを思い浮かべ、大きく溜息を吐いた。


今日から部活が始まる。

当然わたしの胸は高鳴りっぱなし。

先輩がまた卒業してしまうまでの一年、一つでも多く思い出が作れたら嬉しい。


「失礼します」

ノックして部室のドアを開ける。誰もいない。

カーテンも閉めきったままだから、部屋の中は少し薄暗い。

「まずは掃除だよね」

わたしは鞄からエプロンを取り出すと、部屋の隅にある用具入れのロッカーから、掃除道具を取り出した。

廊下に出てバケツに水を汲む。

隣の美術室から男子が出てきた。

「三ツ木くん?」


わたしは慌て頭を下げる。

「すみません、美術部の方でしょうか?その、誰もいらっしゃらなかったので、掃除をしようと思って…あの…勝手をしました…」

言い終わると、わたしは再び頭を深々と下げた。

「あ…いや、そんな恐縮しないで。僕は二年A組の和泉千歳いずみちとせよろしくね。三ツ木くん部活来たの?」

二年の和泉先輩は、わたしにも丁寧に挨拶してくれる。

「はい、でも部室誰もいなくて…皆さん美術室の方で描いてるんですか?」

わたしは美術室の方に目を向けて訊くと、和泉先輩の表情が曇った。

「絵を描いてるのは僕たち二年生だけ、毎回美術室を使ってるよ。部室は…

和泉先輩は少し言い淀んだ後、意を決した様子で話し始めた。


「部室は三年生の溜まり場になっているんだ」

そう言って、今の美術部の現状を説明してくれた。

「外へ遊びに行かない時は、大概部室に溜まって、部費で買ったジュースやお菓子を食べてダラダラしてるよ。折角入ってくれたのに、こんな事を言うのは何だけど、別の部活に入った方が良いよ」

和泉先輩の話は衝撃的だった。

『先輩が、描くのを止めちゃった?』

わたしは動揺を隠すことができず、掃除も早々にその日は家に帰った。


次の日、わたしは再び部室に行き、昨日と同じ様にカーテンと窓を開け、ロッカーから掃除用具を取り出す。

そして廊下でバケツに水を汲む。

『まずは掃除しよう!』

わたしは、散乱している飲みかけのジュースやお菓子を、テーブルからゴミ袋へ移し、床を掃いて乱雑になっている荷物を整理する。

『先輩が使うなら、少しでも綺麗にして居心地よく使ってもらいたい』

そんな思いで掃除しているところへ、隣の美術室から和泉先輩が走って来た。


「三ツ木くん!」

わたしは先輩に、深々と頭を下げた。

「どうして?」

先輩は、不思議そうな顔で見ている。

昨日の話で、わたしが他の部活に移ると思っていたそうだ。

「わたし…絵、好きですから辞めたくありません」

和泉先輩の態度に、やっぱりわたしみたいにブサイクな女の子が、入って来るのは迷惑なのかな…と、胸の中がチクッと痛くなった。


「…あっと、あの三ツ木くんごめん」

和泉先輩は額に手を当てて、申し訳なさそうにわたしを見た。

「はっきり言えば良かったね。絵が好きなのは判るけど、美術部は止めた方が良い」

はっきり言われちゃうとやっぱり辛いなぁ…

「昨日も言ったけど、三年の先輩たちは素行が悪くて…二年に女子がいないのは、先輩たちが手を出すからなんだよ。君も危険だから、こんな所はもう来ない方が良い」

和泉先輩は少し情けない表情で俯いている。


「手を…出す?」

わたしは、思ってもみなかった事に戸惑った。

「そうなんだ。だから、他の部活に行った方が…」

「それなら大丈夫です!」

わたしは先輩に言った。

「わたしみたいなブサイクは、女の子として見てもらえないですから、大丈夫ですよ」

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