第4話 一年A組、瀬戸翔吾 #1

今日は、部活初日から一週間、顔を出さなかった部室へ向かっている。

当然、鞄の中には退部届けが入っている。

『一週間もありゃあ、あいつの方もとっくに退部届けを出してるだろう』

一週間退部届けを出さなかったのは、俺がもし先に出してしまうと、一緒に入ったもう一人のやつが、出しにくいと思ったからだ。

たった二人の同期だ、それ位気を使ってやっても良いと思った。


「失礼します」と声をかけて部室を開けると、誰もいなかった。それどころか、前回来た時より部屋が小綺麗になっている。

『何だやれば出来るじゃん』

部屋の中を見渡していると、隣の美術室が開いて誰かやって来る。

「瀬戸くん!」

二年の先輩だった。

「良かった。今日は来てくれたんだ」

「あ…でも…」

口籠る俺に、先輩はすぐ察したらしかった。

「判ってるよ。君も辞めるんだろう?仕方ないさ、先輩達があんな感じだからね。見限るのも当然だ…だからせめて、彼女も説得してくれないか?」

察しの良い先輩で助かったと、鞄の中から退部届けを出そうとした手が止まった。


「……?…」

俺、何か聞き間違えた?

先輩、今彼女って言ったよな?

俺は何と質問して良いのか困って、言いあぐねていると、先輩は少し申し訳ない顔で話してくれる。

「君と一緒に入ってくれた、三ツ木くんなんだけどね、彼女あれから毎日来てくれるんだよ」

「えっ?あいつ来てるんですか?」

俺は思ってもみなかった事に驚いて、つい素っ頓狂な声を出してしまった。

「ああ、本来ならね、彼女みたいに掃除や雑用を、率先してやってくれる娘は有難いんだけど…」


先輩の話によれば、あれから彼女は部活のある日は毎日来て、細々とした雑用をしたり、部室の掃除をしたりと、働いてくれているらしい。

「君も気付いたでしょ?ここは美術部なんて名ばかりで、素行の悪い先輩たちの溜り場なんだよ。実際に描いてるのは二年の僕らだけで、先輩たちは部費で散財してるんだ」

二年の先輩は悔しそうに話してくれた。

来年三年生が卒業したら、今二年の三人しかいなくなる。仮え新入部員が入らず、同好会になったとしても止めたくないので、今はこの不条理な状況を甘んじて受け入れているそうだ。


「ウチの部、三年以外女子がいないだろ?新しい子が入って来ると、片っ端から退屈紛れに先輩たちが手を出すんだよ」

先輩の言葉に耳を疑った。

「手を…出す?」

「うん…あそんで…飽きたら捨てるで…今までいた女子のうち、手をつけられていない子なんていないと思う」


俺は呆れて何も言えなかった。

真面じゃないとは思ってたが、そこまでクズだったなんて!

「そうなるって判ってたのに、黙って見てたんですか!?」

俺は思わず声を荒げて、先輩に詰め寄ってしまった。

その勢いで、びっくりした先輩が後退りする。

「あ…すいません」

俺は慌てて謝った。

「いや…いいよ、君の言う通りだ。でも僕たちだって、黙って傍観していた訳じゃない。彼女たちには何度も忠告したんだ。だけど訊いてもらえなかったんだよ」


確かに、女の子にすれば付き合っている彼氏を、悪く言われれば良い気はしない。

寧ろ自分達の仲を引き裂くと云う刺激が、恋愛熱に拍車をかけ、意地でも別れようとしなくなる。

目の前の恋愛が、この世の全てであるかのようにのめり込み、相手の男子に傾倒する。

全ての夢が覚めるのは、大概悲惨な現実がその身に起きた時だ。

両思いだと信じていた相手から、突然飽きたと云う理由で、自分達の関係はお仕舞いだと告げられる。

恋愛熱に浮かされていた女の子にとっては、まさに青天の霹靂、寝耳に水だった事だろう。


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