第2話 プロローグ #2

今年は三月下旬から雨の日が多かったにも関わらず、四月十日の入学式にも桜の花弁が大分残っていた。


「部活は決めたのか?」

自分のカップに珈琲を注ぎながら、食卓で朝食を摂っている息子に父親が声をかけた。

「ん…美術部?」

その疑問系の答えに、思わず父親から笑みが漏れた。

「なんだそりゃ…しかし、あの学校の美術部はあまり良い評判は聞かないが?」

少し苦い顔で聞き返した。

その問いに息子は、食事中の手を一旦止めた後、残っていた食パンを口の中に放り込むと、一気に珈琲で流し込み食器をシンクの中へ移して答える。

「まぁ、あんまり酷い様なら帰宅部にでもなるよ」

苦笑する息子に、呆れ顔で父親は封筒を投げて寄越す。

「入学祝だ」

受け取った封筒の中身を確認すると、息子の方も苦笑する。

「…てか、多すぎ!でもサンキュー!大事に使うよ、行って来ます」

久しぶりに見る息子の笑顔に、早起きして良かったと思う反面、彼がこれから通う事になっている高校の美術部が、最近悪い噂ばかり耳に入ってくるのを考えると少し不安も覚えた。

『あいつの事だ、それ程心配はいらないだろう。変に現実的な所のある子だ。自分のメリットにならない事はすまい……』

彼がこれからの三年間で、せめて有意義な人間関係が築ける事を祈り、少し冷めてしまった珈琲を飲み干し、シンクの中にある食器を片付け始めた。


『…ったく』

入部届けを出しに行った美術部は自分が予想していたよりも酷い有り様だった。

とても絵を描けるような環境ところではない。只の溜まり場だ。

やっぱり噂は本当だったって事か…

高校を決める時、何処にするか迷った末、一時間以内で行ける学校に決めた。

それがこの鶯の森高等学校だった。


部活は美術部と決めてはいたが、進学先の進路を担任に見せたら即座に反対された。

あそこは最近悪い噂が絶えない。素行が悪い生徒の溜まり場になっていると訊く。君のような生徒が行く所ではないよ。進路先を変更した方が良い。

そう言って折角出した進路希望を却下された。

⦅君のような生徒⦆

俺のような生徒ってどんな生徒なんだよ。

説明してくれよ。

成績はまぁまぁ、

特に問題行動はなく大人しい生徒。

単に

無口で

無愛想で

絵ばかり描いてる

友達のいない

根暗なやつじゃないか…

別に絵で身を立てようと思っている訳じゃないから、高校生活の三年間を、それなりに好きな絵が描ければ良いだけだ。

学校も行ける所なら何処でも構わない。


何度か進路面接をした結果、

「まぁ、本人がそれで納得している事ですし、親としては異論する気はありませんから」

と云う父親の一言であっさり第一希望が通った。


乱雑に置かれた荷物。机には空きカンや飲みかけのジュース、菓子が所狭しと占領している。

部長の態度も高圧的で不愉快だった。

俺の入部届けを見て“女なら良かったのに”とほざきやがった。

こいつの頭の中には、蛆でも湧いてるんじゃないのか?女を漁りに来てるのか?

そんなに女の尻を追いかけたきゃ他所でやりゃあ良いのに…


『やれやれ、こりゃ早々に退部決定だな…』

そんな呆れた事を考えながら、同じ入部希望者をチラリと見た。俺と一緒に入って来たのは女の子で、目が合った途端下を向いてしまった。

肩甲骨の下辺りまである髪を、二つに束ねている。

ダークブラウンの眼鏡に、長めの前髪がかかっていて“何だかアナグマに似ているな”と云うのが第一印象だった。


このクズの様な部長とは面識があるらしいが、不細工だ何だと愚弄されているのにヘラヘラ笑ってる可笑しなやつだった。

でもまぁ、この有り様じゃこいつも入部は止めるだろうな。




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