第85話 天道さんとの登山は...

「ふぅ、無事に終わってよかった」


 家に帰りついて、安堵からか肺にたまっていた空気を一気に吐き出す。亡霊のように部屋に入り込むと、そのまま登山道具を床に置く。そのまま、手を洗ったりうがいしたり。ちょっとした衛生チェックをしたら、再びヘルメットを手にして、僕は再び世界へと駆け出す。


 面倒だが、バイクのエンジンはちゃんと消して、ハンドルロックも毎回使用する。少しの油断で、何かあってからでは遅いからね。今日の登山は、正直言って普段一人で登山するときの3倍は疲れた。いや、うん。


「インストラクターってすごいなぁって感じだわ。本当に」


 インストラクターの人は、これを10人単位で行っているのだという。僕には無理だ。自分の体調管理をしながら、参加者の機嫌や体調に気を配り、登山する。本来は自分との対話のはずなのに、気が付いたら「誰かに意識を向ける自分」との対話をしていた。


 多分、これは僕が本当に苦手な分野なんだ。できることなら「一人で」がモットーな僕だ。これから克服していく必要があるなら、自分で挑戦してみなければならない。ただ、一人で活動するのが基本なら、稀にこうしたことが発生するだけだ。


 そう考えれば、今の自分のままでいいのかもしれない。疲れるしね、何よりも。


「さて、今日の夜ご飯は何にしようかな」


 登山後にエネルギー補給も兼ねて、思い切りご飯を食べる。これは、結構重要なことだ。ここでエネルギー切れを放置していると、大惨事になってしまう。それは、よく理解しているからな。


 ただ、問題なのは家に何もなくて外に食べに行かないといけないことだ。外食すると思いのほか高くつくし、何が食べたいのかも明確にならない。カロリー重視で行きたいけど、あまり脂っこい食べ物は無理だな。

 適当にバイクを走らせて店を探してみると、思いのほかこの時間でもファミレスが混雑していることに気づく。普段もこの時間に通ることがある道なんだが、意識してみるとこんなにも混雑していたのか。驚きだな。


 ファミレスとか、ちょっとしたお店のために10分以上待つのも面倒だな。そこまで、外食が絶対という理由もないし。テイクアウトで適当に済ませるか?う~ん、人との会話も極力減らしたいな。たぶん、下らない事まで気を回していたし、常に75%以上の集中状態だったからなぁ。思考の整理が纏まらない。



 うん、適当にお惣菜買って帰ろう。ご飯は、家で炊く。


「そう決めたら、あそこのスーパーにでも行くかなぁ」


 そうして僕は太陽が隠れ、月が主役に変わろうとしている世界をバイクで駆け抜けるのだった。






 天道先輩との登山では、学ぶことが多かった。ただ、それ以上に先につかれたという感情が来ている。きっと、明日になって振り返れば更に見えてくるものも、感じ取れる感情もあるのだろう。その時は、その視点をなくさないようにしたい。


 ただ、一つだけ言えるのはこんなにも疲れたけど、「嫌だ」と思わなかった。「疲れたから、避けたいよね」という理論であり、本質的な問題は「誰と登るか」なんだと気が付いた。

 多分、僕の中で「天道先輩」はそれだけ気を許した仲になりつつなるんだろう。

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