第84話 登山に行く理由
「それでは今日はお疲れさまでした。帰り道、注意してくださいね」
「うん、ありがとう」
「それではまた会社で」
「うん、神崎君も注意してね」
そういって神崎君とは合流した場所で別れた。神崎君は別の登山口から登っていたみたいだ。
神崎君と別れた私は、自分の車がある駐車場を目指して歩く。道が荒れていた筈なんだけど、今からすればそんな感じはない。歩き始めは、やはりアスファルトの感触と比較してしまう。だから、こんなにも歩きやすい道なのに、初めは足元ばかり見ていた。
なんだろう、今のほうが山道を堪能できている気がする。
しばらく歩いていけば、もうすぐ駐車場だ。看板が表示されて、残り1.2kmということがわかる。普段だったら、1.2km程度であれば10分15分で歩くことができるけど、山道でそれは無理だ。思ったよりも距離がある。
ここまでずっと下山が続いていたからか、平たんな道を歩いていると登っているような錯覚がある。いや、僅かに歩き方が下りよりなのかも知れない。下りの時は、足をそこまで高く上げなかったし、重心がぶれないような歩き方をしていた。平坦な道を歩くのに、その歩き方をしていれば、当然前には進まなくて困る。
そんな当たり前のことを、つい忘れてしまう程疲れてるの?それは、まずいな?
「登山って、登るときは自分の弱い心との闘い。下りは、自分の不注意さと安易さと戦うのか~」
なんだかそんな気がしてならなくて、意識的に声に出した。無意識で行動すると、駄目だから。可能な時に、できるだけの注意をしないといけない。これが、一番安全な行動をとるために重要だから。
登山というのは不思議なもので、今まで意識しなかったことを意識せられる。今もそうだけど、小さな花に目を向けたり、木の根の張り方が階段みたいで面白いなと思ったり。普段は世話しなく行動しているときには意識しない、ことを意識するようになる。それは、人生において、かなり重要なことなんだろう。
自分の人生を振り返ってみて、やはりここまでゆっくりとした時間を堪能したことは少ない。キャンプでもかなりゆっくりとした時間があったが、それは楽しい時間だった。だけど、登山というのは自分と向き合う時間だった。自分と向き合う、少しいつもと違う視点を持つことができる。
それだけで、人生は変わる。考え方を変えるきっかけになるかもしれない。
「なるほど、神崎君が山に行きたくなる理由の一端が、なんとなく理解できたかもしれない」
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