第86話登山を振り返って(天道サイド)

「ふふっ、今日は楽しかったなぁ」


 家に帰り、私は就寝準備を終えて布団の中で一人、今日の活動記録を見る。実は、神崎君に隠れて、スマホで写真を何枚か撮影していたのだ。

 もちろん、風景を撮っているのだが。ま、まぁ?所々で、ちょっとした操作ミスで?神崎君がアップで写っている写真とか、なくはないけど?

 でも、仕方ないよね。一緒に登山したんだし。


「登山自体は、私でもできるみたい。でも、一人で山に登ったりは、少しいやだなぁ。ちょっと勇気がないし、それに知識もないからな。ちゃんと、勉強して少なくとも地図くらい、その場で読めるようにならないとなぁ。遭難しちゃうよね」


 登山をこれからの趣味にする。そう断言するには、少し勇気が必要そうだ。一人でキャンプすることすら、やはり女だと注意することが多い。経験はないけど、襲われそうになった、なんて話は聞いたことがある。山小屋なんて、場所によるが、ガードなんてない。自分で、どうにかするしかない。


 宿泊しない、日帰りの登山だとしてもだ。やっぱり、考えるべきことも対策するべきことも多い。そう思うと、なかなか、あと一歩を踏み出すことができなかった。


 そんなことを、サッサッと写真をおくりながら考える。思い出しても、楽しかった記憶しかない。その証拠に、終始自分が写っている写真では、珍しくきれいに可愛く映っていると思う。


「というか、彼はやっぱりすごいなぁ。いつも、こんな大変なことを一人でやってるんでしょう?登」


 ちょっとした岩場を歩いている写真を見て、そう独り言をこぼす。いや、実際のところ、本当に登山家たちはすごいなと、改めて思ったのだ。低山で、しかも先導者がいて、自分はこんなにも疲労感を感じているというのに。

 彼ら彼女らは、単独で、さらにもっと長い時間を費やしているんだ。山頂からの景色には、それだけの意味があるし、価値もあるんだろうけど。

 素直に尊敬の念しか、湧き出さなかった。


ただ、自分が身近にあこがれた人は、そういう人だったのだ。目標にした人間が、近くにいたい、近づきたいと願った人は、そういう人なんだ。


「はぁ、我ながら難しい問題に当たったなぁ」


 コロッと寝返りを打って、無機質な壁と向き合う。横向きになったからか、少しだけ布団の中の空気が入れ替わり、心地よい温度に保たれる。


 そもそも、あの人は異性に興味があるのだろうか?私のことを、異性として人して認識しているようだけど。でも、それは本来の意味での、男女仲という枠組みに収まるのだろうか?


「こんなことなら、もっと恋愛の練習をしておくべきだったかなぁ?できること、たくさんあったのになぁ」


 自分から追いかける恋愛というものを、生まれてからしたことがなかった。容姿端麗、成績優秀、そして天性の運。自慢ではないが、やっかみという理由だけで、いじめにあったり、人から裏切られたりすることはなかった。そういった話を聞くことがあって、怖いと思ったことはあるが。ただ、幸運なことに関係がなかった。


 だからだろう、こうして人を追いかけようとすると、その方法がわからないのだ。何をどうしたらいいのか。どんな手順を踏んで、何をしたら、彼の意識を向けることができるのか。それが、一向につかめない。

 この、行き場も余裕もない心を、どこに着地させればいいのか。そんなことばかりを、考えていた。


「はぁ、恋愛って難しいのね」

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