第21話 先輩の手料理

 「ねっ、味見してみて」と言いながら、天道先輩はそのパチパチと音を立てて調理スペースから、一つの塊を取り出す。

 その塊は、周囲の暗さも相まって濃い目の灰色に見える。しかし、その断面からは透明な汁が滴り、表面張力をいかんなく発揮して必死にその塊から離れまいと踏ん張っている。

 風に運ばれて来る香りは、とても香ばしい。何よりも、かかっているソースのベースであるトマトの匂いが。それだけで味覚が刺激されるが、その塊特有の匂いが追い打ちで攻撃を仕掛けてくる。


「ほ、本当にいいんですかっ?」


 その圧倒的な暴力の前に、僕は恥も外聞もなく確認を取った。

 すでに口の中は涎でいっぱいだ。ここでダメ出しをされても、僕は我慢できる気がしない。


「ふふっ、遠慮しないで。ほら、どうぞ」

「あ、ありがとうございます!!」


 言うが早いか、それとも食べたのが早いのか。


 先輩が珍しいものでも見たかのような表情をしながら僕を見ている。だがしかし、それを気にすることなく、今は口の中に全神経を集中させた。


 表面のカリッとした個所を通り過ぎると、ホロホロで少し力を加えるととろけて崩れていくその塊。中からは、これでもかというほど汁があふれ出し、食材本来のうまみを口の中いっぱいに広げてゆく。

 最後は、そのソースによって口の中が食材本来のうまみを残しつつ、食材の味と絡み合いそのうまみは何倍にも増加していく。


 こんなに美味いハンバーグ、食べたことないっ!!


「あ、あの神崎君?せめて感想くらい教えてほしーなぁ、なんて......」


 しばらく放心していた僕を見かねて、天道先輩が不安そうに口を開いた。


 これだけ物が作れるのに、どこに不安になる要素があるんだろうか?


「これ、最高においしいですよ!!こんな美味しいハンバーグが食べられて僕は幸せですね!!本当に、ありがとうございますっ」

「そうっ!ならよかったわ!!」


 先輩は、「じゃあ私もっ」と、自分の分のハンバーグを上品に口に運ぶ。まるで、高級レストランで食事をするかのように、優雅に上品に食べる姿は何とも違和感がすごかった。


 だってここ、無料のキャンプ場でちょっと目を逸らせば木の根や雑草が荒れ放題なんだぜ?


「僕なんかの手抜き料理とは全然違いますね。いつの間にタネを?」

「仕込み自体は昨日の晩に済ませておいたんだ。今日も結構気を使って運んできたし、つなぎの使用量は最小限に留めてあるんだよ。牛100%にしてもよかったけど、私の好みの問題で、少しつなぎを入れて、豚も5%位は混入させてるんだ。オリジナルだよ?」

「すごいですね。僕はそこまでできません」


 先輩はきっと料理好きなんだろうことが、容易に想像できる。これで料理嫌いだったら、世も末。というか、僕なんかどうなるんだって話だ。


「とか言いつつ、神崎君も結構料理手馴れてるよね」

「そんなことないですよ?」


 いや本当に、僕の料理なんてたかが知れている。前日から仕込みを済ませて、しっかりと味付けしてあんなに化けさせるとか無理。

 僕のは、せいぜい見た目がしっかりしているだけとか。見た目は壊滅だけど、味はいいぐらいが限界。


「でも、神崎君の炊いてくれたお米はこびりつきが無いし、おこげもいい感じだよ。それに、目玉焼き狙って半熟にしてるでしょ?野菜も切りそろえばっちりだし、何よりひき肉の炒め加減がちょうどいいよ。これくらい触感があるほうが、ひき肉本来の味が楽しめるからね」

「そう言ってもらえて光栄です」


 「本気で言ってるんだけどなぁ」とは、先輩談。

 僕が作ったのは、ガパオライスだ。ひき肉とピーマン一つ、トウモロコシとネギ、玉ねぎなどの材料を炒めて、ご飯の上に盛り付けしてたまご乗せるだけ。


 手軽かつ高い栄養パフォーマンスを誇るので結構好きだったりする。直近の悩みは、卵の値段が高騰しており手軽に楽しめないことだろうか?


「それに、今回は先輩の鶏肉のソテーがありましたからね。ガーリックバターで、薬味もしっかり使ってあるので、本当においしかったです」

「私もそこまで絶賛されると、さすがに照れるな。でも、喜んでもらえてよかったよ」


 これを食べて喜ばない人間は、相当味覚がおかしいのか、舌が肥えているかの二択だろう。少なくとも、一般庶民(笑)な僕からすれば十分満足できる味付け。というか、一皿1000円とられても、月一くらいで通うレベルだ。




「でも、なるほど。こういうキャンプの仕方もあるんですね」


 晩御飯を食べながら、僕はぽつりと零した。


 今までのキャンプは、正直野宿と言われても差し支えのないものが多かった。忘れ物は多し、無計画だし。休息のためにキャンプをしているだけだったから、だれかと楽しむキャンプだったり。こうして、しっかりと準備してキャンプを盛大に楽しんだりはあんまりなかった。 


 たまにはこうして、一人だけではなく誰かと楽しむというのも良いもんだと思った。


「神崎君は、あまりこうして楽しまないんだっけ?」

「そうですね。基本的に独りぼっちで何かすることが多かったので。僕はそれが好きだし、苦しく感じることはなかったですが。これはこれで楽しいなと思いましたよ」

「それはよかったよ」


 光量が足りずに先輩の表情こそ伺えなかったが、その声音から何となくだが今はその表情が見えなくてよかったと。そう思ってしまった。


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