第22話 会話と最弱と僕

 パチパチと音を立てながら燃える焚火の監視をしつつ、鍋の管理も同時進行で行っていく。正直、まだ鍋を食べるには早い時期なんだが鍋焼きうどんが食べたくなったので仕方ない。


「神崎君の焚き火台だと、手が休まる暇がなさそうね」

「そうなんですよねぇ~。調理環境としては問題ないんですけど、正直休む暇がないというのは問題ですね」


 焚き火台は軽量コンパクトであることと、値段、耐久性で選択した。有名な某A4サイズの焚き火台でもよかったが、人気のおかげで価格高騰と、中華系のやつでは性能面で心配事が尽きなかった。そこで、box型のものを選択してみたんだ。


「でも、こうして長く使っていると愛着がわくというか。なんて言った分からないですけど、態々買い替える必要もないのかなって気がしますね」

「あぁ~でも、その気持ちわかるなぁ。隣の芝生は青いとは言わないけど、使ってるときはアレコレと考えるけど、実際には行動しないんだよね。そこまで重要性が高くないってことなんだろうね」

「隣の芝生は青いって、先輩なかなか面白い表現しますね」


 今時、同じくらいの歳の人からその言葉を聞くなんて。本当におかしくて、柄じゃないけど声に出して笑ってしまった。


「もぅ、そんなに笑うことないじゃない」

「す、すみません。なんか、でも、ツボに入ってしまってっ!」

「まったくもう」


 なかなか正常に戻らない僕に愛想をつかしたのか、先輩はそのまま自身の焚き火台と向き合い、しばらく口をきいてくれなかった。


 いや、でもなんでだろ。本当、自分でも自分の笑いのツボというか、きっかけがわからないんだよなぁ。




 ----しばらくして


「ふぅ、すみませんでした。天道先輩」

「落ち着いたの?」

「ええ、大丈夫です」


 おかしいな、さっきまでは普通の友達として接してくれたと思うのだが、今は思いっきり変人を見る目で見られている。あれ、これはやらかした案件ですか?


「でも、正直なところ驚いたよ」

「え?何がですか?」


 今の会話に何が驚くところがあったのだろうか?もしかして、僕が天道先輩のコチラを見る目が変わったことに気が付いたこと?それとも、僕が気が付かない間に何かしてるのか?


「勝手なイメージで申し訳ないんだけど、神崎君はもっと感情を自分の内側に秘めて表に出さない人だと思ってたんだ。でも、実際にはこんなにも感情豊かじゃない?」

「………あ~~、そういうことですか」


 基本的に一人で生きてきた弊害だろうな。喜怒哀楽の表現が、本当に苦手だし、表現方法も微妙に分かりにくいとよく言われる。自分の中では感情豊かに自分語りしているのだが、周囲から見るとボケッとしているようにしか見えないだろうからなぁ。


「うん、それに私にも興味がないっていうか。神崎君って、ほかの人への興味関心が薄いから、私なんかの発言でそんなに影響があるとは思わなかったよ」

「それは買い被りすぎですよ」


 そう、僕は別に一人でいることが当たり前になってしまっているだけの、一般人だ。ただ人よりも、孤独や傷に慣れているだけ。


「僕だって、人の視線は気になりますし誰かの言葉に影響されることもありますよ。先輩のことだって、ちゃんと見ていますよ?」

「うん、そうだね。君は、そういう人だったんだね」


 ウンウンと頷きながら、一人納得する先輩。そんな先輩をよそ眼に、僕はさらに言葉を続ける。


「正直な話、僕は先輩が思っているような人間ではないと思いますよ。普通に感情はありますし、誰かの言葉や感情に動かされることも多い。それに、普通の人よりも自分の感情の変化に戸惑うことが多いですし、我慢強くもないかもしれません」

「……………」

「何より、僕は最弱ですから」

「最弱……」


 僕の話をただ黙って聞いていた天道先輩だが、ただ一言。「最弱」というキーワードだけに反応を示した。弱いことに、何かしらの思い入れでもあったのだろうか?


「ねぇ、神崎君」

「どうしたんですか?」


 今までの少し和やかな雰囲気とは違って、少し神妙な表情をして天道先輩は僕に声をかけた。


「最弱って、つまりは弱いってことよね?でも、神崎君からは悲壮感もないし、何よりその自分を隠そうともしない。それは何で?それに、最弱なんて、そんなことないと私は思うんだけど」

「ああ、そんなことですか」

「っ!?」


 僕が「そんなこと」と天道先輩の悩み、引っ掛かりを扱うと衝撃的だったのだろう。天道先輩が息をのむのが伝わってきた。


「最弱なんて、当たり前じゃないですか。だって僕は、常に独りなんですよ。人間の強みは、頭脳を持つことでも、道具を使うことでもない。言語を操れることでもないでしょ?簡単です、群れて協力できて、一つの目的に向かってひたむきに足り続けられるからです。そりゃ、マラソンは一人で走るよりもリレー形式にした方が絶対に早いじゃないですか。だから、僕はスタートラインに並んだ瞬間から。いえ、そのラインに並び立つことすら許されないんですよ」


 自分のことを何とも思っていないような言葉。聞く人が聞けば、それは20歳程度の男がいうには、如何にも「ませた発言」なんだろう。でも、僕にとってこれはこれまでの人生で培った自分自身の芯であり価値基準である。


「そのうえで、僕は自分らしく生きると決めているんです。だからこそ、怖いものなんて少ない。失敗する、人に嫌われる、誰かに失望される、そんなことよりももっと恐ろしいことがあります。それは、自分らしく生きれないこと。やりたくない事だけをして、なにも満足できない人生だけは、歩むつもりはありません」

「その芯に決めた一本の槍は曲げる気はないと」

「もちろん」


 まっすぐと此方を射抜くように見つめるその相貌。普段は綺麗で人々を魅了してやまないその瞳は、一転してまるで矢のようにこちらを貫く。決して逃がさない、偽りは許さないと、僕を打ち抜いてやまない。


「だから君は、こんなにも私の興味を引くんだね」

「ふぇ?」

「何でもないよ。私の話だから」

「そうですか」


 ものすごく気になる言葉が聞こえた気がするけど、言及はしないでおこう。絶対に藪蛇だ。

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