第17話 先輩とお誘いと晩御飯

「さて、ついたわよ」


 天道先輩は、町中にあるビルの一角。その目の前で、車を停車させると颯爽と中に入っていく。あっけにとられていた僕は、少し遅れて先輩の後ろを追うように、中に入った。


「ここの三階にあるお店が、私一押しのお店なの」

「へぇ~、なんだかびっくりですね。こんなビルの中にお店があることにも驚きですが、どうやって見つけるんですか?こんなお店」


 外見は普通にただのビル。下で確認したが、札があるのはスナックや会社のオフィスだけ。中にい入ってみてもその印象は変わることなく、階段で登っていくもその景色は変わらない。


「このお店は、私も紹介されてはじめて知ったのよ。もともとは、私の同期が発見したお店なんだけどね」

「そうなんですね。なんか、知る人ぞ知るお店って感じでいいですよね」


 どうでもいい話だが、知る人ぞ知る名店とか、行きつけのお店とか。そんな大人な響きに勝手にあこがれを抱くようなお年頃である。

 とはいえ、完全に質より量を取る今の年齢ではそんな店できることはないだろうけどさ。


「さて、着いたわよ」

「あっ、ここなんですね。楽しみです」

「それじゃあ行きましょうね」


 そういって先輩は扉を開けて中に入っていくので、僕も後に続くようにして入店して、その驚愕に目を見開いた。


 店内を見た第一印象は、まるでカフェのようだということ。クラシック音楽がかけられ、黄色っぽい光を放つ吊り下げ式の照明器具。所々に観葉植物が見受けられて、とても落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 席のほうは、お洒落なカウンターテーブルと幾つかのテーブル席。奥には、一つだがボックス席もあるように見える。先輩は店主さんに一言声をかけると、そのままボックス席へと向かった。


「驚いたでしょ」

「はい、本当にびっくりしました」


 悪戯が成功した子供のように無邪気に笑う先輩に、驚いたまま半分機械的に返答をする。


 だって、雑居ビルの中にこんなお店があるなんて思いもよらないし。天道先輩から情報はもたらされなかったし。.........聞かなかったのは、僕だけども。


「この時間は、ディナーを提供しているんだけど深夜の時間帯はbarになるんだって。私はその時間帯にこのお店に来たことはないんだけどね」

「なるほど、それでこんなに落ち着いた雰囲気なんですね。僕、カフェみたいだなって思っていました」

「確かに、第一印象はそうなるよねぇ」


 天道先輩の様子を見るに、きっと同じ反応をしたんだろうなと思う。というか、雑居ビルの中に、いきなりこんなお店が現れたら誰だって驚くでしょ。


「今の時間帯でもお酒とか頼めるから、好きなように注文してね。洋食がメインだけど、たぶん頼めばある程度の自由は効くと思うから」

「あっ、はい。わかりました。ありがとうございます」


 手渡されたメニュー表を見て、本当にバーなんだなと実感する。開いてすぐに書いてあるのが酒類、おつまみが多い。一品物の洋食は後ろの方に記載されているが、品ぞろえは個人的に十分だ。


「想像したより、メニューがありますね」

「そうだね。もともと固定メニューって実はあんまりないみたいなんだけどね。お客さんに頼まれた品物をなんでも作っていたみたいなんだけど、充実してるんだよね」

「ええ、パスタとかリゾットが数点あるだけだと思ってたんですがハンバーグとかステーキとか。思ったよりもがっつりしたメニューもあるんですね」


 バーと聞いていたから、〆のリゾットとかパスタ程度のイメージだった。ハンバーグに、オムライス、ステーキと、町の洋食屋と変わらないメニューの豊富さだ。


「そうなの。それに、どれも絶品でボリュームも満点だよ!」

「それは期待値が高まりますね」


 ボリュームに関しては、正直そこまで期待できないが味は満足できそう。というか、僕の舌では理解できないくらい美味しい料理が出てくるんだろうな。


 そんなことを考えながら、僕は気になっていたオムライスとソフトドリンクを注文するのだった。






「天道先輩は、結構このお店に来られるんですか?」


 運ばれてきた料理を楽しみつつ、当たり障りのない質問。というか、率直に気になったことを聞いてみる。


「う~ん、月1くらいできてるかなぁ。仕事が大変だった日とか、休日とかに」

「そうなんですね。店長さんとの接し方を見て、何となく常連というか慣れている感じだったので。結構来られているのかなぁと」


 「ああ、なるほどね」と言いながら、天道先輩は得心がいったように頷いた。


「もともと食べ歩きとかする方じゃないんだけどね。ここのハンバーグ気に入っちゃってさ。今度機会があれば、ぜひとも食べてみてよ」


 言いながら先輩は自分が頼んでいたハンバーグを一口頬張る。


「そうだったんですか?じゃあ、次に来た時に食べてみようと思います」


 ハンバーグって、お店の個性が出るからね。肉の素材の良さは勿論、調理方法、ソース、付け合わせ。どれをとっても、一つとして同じものはないと思う。


 それに天道先輩が気に入るほどの味なら、きっと絶品なんだろうな。ぜひとも食してみたい。


「うん、そうしてそうして。って言っても、神崎君は外食が多いの?」

「いえ、基本的には自炊ですね。土日は結果的に外食していることが多いですけど」


 宛もなく外に飛び出していき、最終的に行き着いた先で満足するまで何かを食す。そして、帰宅する。

 休日の過ごし方で、最も多いのはこのパターンだろうな。目的がないというか、未計画、無鉄砲というか。


「結果的に自炊ってことは、出かけた先で食べてるみたいな感じかな?」

「そうですね。キャンプとかだと、食材を買って自分で調理しますけどね。バイクで走っていたり、登山してたり。そういったタイミングでは、基本的に調理するのが面倒なので、途中で休憩がてら食べたり、帰り際に寄ったりがメインですかね」


 バイクで走っているときは空腹を感じないけど、コンビニで休憩をする際に意識せずに買い物かごにものを投入していると凄い状態になることがある。それだけカロリーを消費して疲労している証拠なんだろうと、後で思う。買っているときは、その値段に圧倒されるだけなんだけど。


「知ってはいたけど、多趣味だよね。キャンプ、バイク、登山ってアウトドアアクティビティもしてるんだよね?」

「アクティビティも好きですけど、自分では道具を持っていないので経験は少ないですよ。できれば、自分で道具もそろえたいなと思いますが、なかなか思うようにはいかないですね」


 カヌーとか欲しいし、できればクライミングなんかもしてみたい。でも、道具が高いし専門店も身近にない。それに、仲間がいないのであまり危険な遊びはできないのが現状の課題だったりする。


「道具って大事よねえ。私も今回ソロキャンプして、それは強く実感したもの。自分のテントサイトを見て、もっとこうしたいなぁとか。沼にはまりそうだよ」

「キャンプはそうですね。どこまで快適さを求めるのか、不自由を楽しむのかって問題はありますけどね」


 キャンプなんて自分の好きなようにやればいいと思うけど。拘りが強かったり、キャンプ道具の沼にはまったりする人は結構多い印象だ。


「快適さと不自由さって、相反するものだからね。そこら辺の調整とか見た目とか。何か目的をもってキャンプしてみると、また違った楽しみがあると思いますよ」

「目的ねぇ......」


 少し悩むそぶりを見せながら、先輩は言いづらそうに閉ざしていた口を開いた。


 そしてその一言は、僕の想像を遥かに超えていく内容であった。


「あのさ、神崎君さえよければなんだけど。今度一緒にソロキャンプしない?」

「!??」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る