第9話 仕事と人間関係と息抜き2

「ぅっはぁ~~、今日も疲れたぁ」


 間延びした情けない声上げて、凝った体をほぐしつつ僕は一人で廊下を歩いていた。手には今日のお昼ご飯をぶら下げて、この時だけ着用が許される帽子を被って工場の中を移動していく。


 すれ違う人もいなければ、逆に後ろから誰かがついてくることもない。そんな、過疎地域を目指して、僕は一人で進軍していた。


「いやぁー、やっぱりこうして一人になれる空間というのは大切ですな」


 会社にいると、どうしても周囲に人がいない環境を作るのって難しい。一人でいると、もし自分に用事がある人がいればわざわざ探す手間が出てしまうから。それに、自分だって何かと道具が必要だったりして、結局のところ集合している場所にいるほうが作業が早いのだ。


「入社して早々に、このベストプレイスを発見できたことはマジで神だったな。下手したら、今でも迷っていた可能性があるしなぁ」


 会社のメインゲートを突っ切り、テニスコート横にあるちょっとした広場。そこには、クラブ棟のようなものが併設されているが中から人が出てきても工場側に行くことはあっても、わざわざこの裏手に回ってくることはない。そしてここには、ベンチが一つ設置されており、景色は悪いが風通しもいいためお気に入りの場所だ。


「なんといっても、こうして一人でぐうたらできるのはやっぱり最高だね」


 独り言をブツブツとつぶやきながら、自家製のお弁当を広げていく。今回は、ホットサンドと菓子パン一つである。相変わらず、自分でも馬鹿みたいに食べるなぁと思う。


「ホットサンドがパン二枚分ならまだしも、普通に6枚切りで6枚分あるからなぁ」


 この終わらない第二次成長期、どうしたらいいのだろうか?食費だけで生活費が詰みなのだが。かといって、食事を我慢し続ける選択をしてもいいが、それは不健康に繋がるし何かあったときに一人暮らしをしている僕では責任が取れない。


「冷えたホットサンドも、また乙なものですなぁ」


 出来立てホヤホヤ、熱々のホットサンドは大好きだ。もう、愛しているといえる。でも、それと同等なぐらいこの若干冷えたホットサンドも好きだったりする。理由は簡単で、水分が出ないような食材を選択しているから。必要に応じて、予め加熱して表面に焼き目を付けるなどの工夫をすれば、こうして冷えても全然いける。それに、ポテトサラダなどのサラダ系のホットサンドが作れるので、熱いものと冷たいものはお互いに良さがあるんだ。

 一人で楽しくお昼を満喫していると、誰かが歩いてくる足音が聞こえてきた。


なんだろ?珍しいな。まぁ、どうせ僕には関係ないか。


 そう思って再びホットサンドに齧り付こうとしたとき、


「神崎くん、少しいいですか?」

「んんっ!!......ごほっっ!!」

「あっ、ごめんね。驚かせちゃったね」


 まさか自分に用事があるとは。というか、なんでこの先輩がここに?


「いえ、大丈夫れす。その、どうしてここに?」


 僕が噛んでしまったのはスルーの方向でお願いします。そんな、小さく笑わないでください。ちょっとだけ、傷つくんで。


「えっと、少し神崎君に聞きたいことがあったんです。だから事務所のほうに行ってみたんだけど、そしたら食堂にはいないし昼休み終わりまで帰ってこないって聞いてね」

「あ~、確かにそうですね」

「お弁当は、自分で作られているんですか?」


 そういいながら先輩は興味深そうに僕の持つホットサンドを見つめている。興味津々といった様子で、何か頷きながら僕のお弁当を評価しているようだ。


 う~ん、食べたいのかな。


「一つ、食べますか?」

「えっ?いいのっ!?」


 お、おおぉ。食いつきいいな。そんなにおなか減っていたのかな。


「どうぞ」


 そういいながら僕は一つ先輩にホットサンドを手渡した。僕から受け取ると、先輩はこれまた様々な角度で見た目を分析しながら、「耳まで焼くのね」なんて感想を零しつつ観察していた。

 ホットサンドって、結構珍しいのかな。


「まぁ、毒は入ってないんで安心して食べてもらえればいいですよ」

「フフッ、何それ?神崎君って、面白い人なのね」


 え、今の発言に面白い要素あった?わからん。


 そんな軽口をたたきつつ、先輩はその小さなお口を広げてホットサンドを上品に食べ始めた。その様子をじっと見ているのも変なので、僕も残っている菓子パンの袋を開けて、外見も何も気にせず食べ始める。


 う~ん、一人なら心地よい沈黙なんだけど誰かいるとなんだか居心地が悪い。特に、女の人が近くにいるとこう。なんだろう、全然落ち着かないんだよね。


「すごい、これとってもおいしいよ」

「お世辞でもそう言ってもらえると嬉しいです。ありがとうございます」

「もうっ、お世辞なんかじゃないわよ」


  だんだんと先輩も素の対応を見せてくれるようになってきたが、あの堅苦しい雰囲気は完全に撒布している。今は、なんだろ。普通の女の人で、大学生とか言われても信用できるレベルだ。


 まぁ、その雰囲気を完全に破壊していくのが僕なんだけどね。先輩が全部食べ切るのを見計らって、僕は本題を切り出させてもらった。


「それで先輩、どうして僕を探していたんですか?」

「そういえば、その説明がまだだったわね。お昼、ご馳走様でした。本当においしかったわ。お詫びと言っては何だけど、私の分をおすそ分けするわね。というか、食べるの手伝ってもらっていいかしら?」

「それは別に問題ないですが。むしろ、ありがとうございます」

「いえ、気にしないで。私のほうこそありがとう。それで、本題なのだけど」


 言いながら先輩は、お弁当箱と小さなおにぎりを一つ取り出してお弁当箱を僕に差し出した。いや、そこまでお世話になるの、僕?


「それ全部食べてもらって構わないわよ。私はこれで十分だから」

「了解しました」

「それじゃあ、食べながらでいいから聞いてね?」


 先輩が上目遣いでそう言ってくるのに、僕は無表情で頷いて対応した。美人さんの上目遣いとか、心臓バクバク案件だし正直落ち着く時間が欲しいけども......


 先輩はそんな僕の心境を知ってか知らずか、ゆっくりと話し始めてくれた。


 内容をまとめると、今回のスピーチ内容が決まったこと。僕への再度調査が必要になり、僕が先輩の仕事を手伝うことになったこと。週に3日は、先輩とともに行動をしないといけないことが決定したことの連絡だった。


「あー、反応に困りますが。ひとまずは、おめでとうございます。企画が無事に進行し、中身なども決まったのは正直うれしいことですね。僕が先輩をバックアップしていくことに問題はないですよ。なんだか、課長もそれを望んでいるみたいでしたので」

「そうなんだね。ごめんね、私の仕事に突き合わせる形になっちゃって」

「いえ、別にいいですよ。そんな大きな負担だとか今更何か文句を言うつもりもないので。楽しくやっていきましょう。よろしくお願いしますね、先輩」


 そういって、僕は勢いよく椅子から立ち上がって先輩に手を差し出した。後は、先輩が自分の意志でこの手を取れば、僕たちのパーティが結成される。逆に、先輩が手を取ってくれなければ、このパーティは解散するだけの話である。


「ええ、私のほうこそ。改めてよろしくお願いするわ!」


 先輩は飛び切りの笑顔を浮かべて、僕の手を取ってくれたのだった

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