⑦野営中の出来事②-小オアシス・夜襲

「オアシスというと、もっと緑があって、砂漠の憩いの場みたいな場所だと思っていたが……」ぼやくブラッソ。

「オアシスってこんなものなんだな」感想を零すガンジュ。

「生命の場、命の水、大事な空間、聖域の次、大事」眺めるヘルガ。


 時刻は夜になりつつあった。夜風が寒い。

 砂漠ワーム遭遇という突発的事故と、ヘルガのスピードに合わせる形で進行していた二つの要因でオアシスに着いてみると人は居なかった。

 砂が混じった茶色の水が溜まった小さな池。

 砂漠ネズミ――砂漠に住む茶色のネズミといった小動物等が水を飲んだりしている。。

池の近くには高木が何本か生えている。それはどこかヤシ科の植物に煮ており、高さは10m近い。木の頂点から全方向に放射線状に生える葉々は羽状であった。それと奇妙なものがあった。


「何あれ」暗いながらも何かを指差すガンジュ。

「砂漠椰子木ヤシキの実、椰子実ヤーツ、名、言う。干す、加工、食べれる」


 木の頂点からやや下である所から一本の木の枝がぶら下がっており、枝の先に至るまでの途中の節々からは葡萄の房のようになっており、そこからたくさんの実が成っていた。暗いのでわかりにくい。

 ヘルガの説明を要約するに、どうやら木の名前は椰子木ヤシキといい、実の方は椰子実ヤーツというらしい。何とか頑張って共通語で話してくれることを要約していくと、ジャムにしたり、お菓子にしたり、そのまま食べることも出来るとか。


 それと。


「く、くく……」突如として笑い出すブラッソ。

「お、おもしろがってない?」困惑するガンジュ。

「いやいや、そんなことはないぞ?」首を横にふるブラッソは周囲の警戒をする。

「何、笑う」きょとんとしているヘルガ。


 ヘルガとガンジュの距離がやたらに近いのだ。その様を見て微笑ましくなっているブラッソ。

 ガンジュに声をかけられるとヘルガはすぐさまガンジュの傍へと近づき、懇切丁寧に説明してくれるのだ。小オアシスまでの道中に遠くで見た砂漠リカオンというイヌ科の生物について訪ねた時もガンジュのカンガルダの方に寄って、走りながら頑張って解説してくれていた。健気な姿である。


「よし、野営の準備をするぞ」テントを広げ始めるブラッソ。

「はい、きた」それに続くガンジュ。

「野営……、成程」二人がここで野営することに聡く気づくヘルガ。


 さて、準備を始めるとテキパキと早いものだが、ブラッソの手が止まる。慣れた手付きで火口箱を用いて着火し、瞬く間に火が焚かれ、そこからテントの準備――という所で手が止まる。彼は腰の鞘から剣を抜く。

ヘルガの方を見てみるガンジュであったが、ブラッソよりも先に何かに気づいていたのか、ブラッソと同じ方向を見つめている。遅れてガンジュも構える形となる。


 オアシスから外れた別方向。

 ザッザッザッ、と聞き覚えのある駆け走りの音が聞こえてきた。ブラッソはこの道中で散々聞いてきた砂漠カンガルダの走る音に近い――いや風音が邪魔でわかりにくかったが、これは砂漠カンガルダの足音と同じに違いないと確信する。


 砂漠カンガルダに騎乗してない者と、騎乗している者では体感速度が天と地ほどに差があるのだ。凄まじい速度で近づいてくる。気がつけば野営で焚かれた火の明るさの範囲の外からギラリとした銀色の刃が三つほど襲いかかる。

 どうやら奇襲者は三人縦列縦隊でやってきて、すれ違い様の三連撃――を狙っていたようだが、ブラッソは抜いていた剣で、刃の縁を思いきり叩いてやり、刃を弾く。


ガンジュは首に提げていた数珠を掴むと――それはいつの間にか錫杖にへと変化し――棒術の要領で、錫杖の柄で刃を凌いでみせた。


しかし、ヘルガは明るい所から消えていた。


「ん?」

「何?!」


 ブラッソは警戒しながら、そのまま連れ去られたか、と周りを軽く見渡す。ガンジュも足音のする方向を警戒しながら、ヘルガの行方を探す。


「ぐえええええええ! いてててててて!」


 オアシスから離れた暗闇の砂の上――にしては低い所から。低い男の悲鳴が上がる。その前に聞こえたのはドサリという砂の上に転がったような音であった。


「一人、締めた!」


 ヘルガの叫ぶ声が聞こえた。敵の一人をどうにかしているらしい。

 ブラッソは驚き、思わず舌を巻いた。


「お姫様じゃなくて、女戦士だったか……」

「私、耳、良い! 聞こえ(て)る!」


 小さく呟いたブラッソの声の筈だったが、彼女には聞こえていたらしい。地獄耳であった。しかし、三人の奇襲者、それも騎乗戦闘者のうちの一人を無力化できたのはかなり嬉しい誤算である。

そもそも乗り慣れてない砂漠カンガルダに騎乗し直すには隙が大きい。また、騎兵が強く活用された時代での強みというのは、騎兵の持つ突撃力と機動力である。砂漠カンガルダもそのご多分に漏れず、同じ強みを持つ。


しかし。


 二人に減っても強みは強み。襲撃者は大きく転回し、再び、突撃のための距離と速度を稼ぎ、再び近くで固まっているガンジュとブラッソにそれぞれ突撃していく。

 もちろん、ガンジュとブラッソは相手がこちらに突撃してくるように誘導するために固まっていた(ヘルガに関しては暗闇のどこにいるのかもわかりにくい)。


「『風』を使うぞ」

「じゃあ落鳥した所を俺は仕留めるぞ」

「き、気絶させれたら良いな――」


 タイミングを見計らう。そうしてからガンジュが一呼吸。




「《オン・バヤベイ・ソワカ》」ガンジュは囁く。



 風天印。天部・十二天が一つ風天を表す真言。

 右手の大指を内側に曲げ、曲げた親指を人差し指と中指で包み、他の二指は立てる。

 真言・信心・印契。三役揃うことで強風と成る。


 ガンジュの前方に強風が降り注ぐ。凶刃が間近に迫ろうとしていたが、騎乗しきれてないほどの強風に落鳥していく。砂の上に転がる襲撃者――よく見てみると口元を黒い布で覆っている男達であった。身なりは茶色い麻の服から、こげ茶色の上着ベストを軽く羽織っている程度で、踝まで覆う丈の長ズボンを穿いており、臀部辺りまでゆったりとしていたが、臀部辺りでキュッと締まっているデザインだった。砂漠の民の服装だろうか、と思考した所で、錫杖の先端部の金属が、男の腹を正確に捉える。


 起き上がろうとしていた所へそんなことをされたのだから悶絶する男。防具の類はしていなかった。否、防具の一切を身に着けずにいることで先程のような高速移動を可能にしているかもしれない(ガンジュ達は色々背負い袋やら何やらの砂漠超えの荷物の重量も入っての移動であるからだ)。


 男は降参と言わんばかりに両手を上げる。手に持っていた片手剣――湾曲に曲がった湾曲剣サーベルであった――それが地面に落ちる。ガンジュは地面に落ちた湾曲剣の腹を足で蹴り、遠くに飛ばす。


「こっちは一人確保だ」ブラッソに報告するガンジュ。

「こっちは手加減できなかった」返す声はどこか淡々としているブラッソ。


 よくブラッソの方を見てみると、焚き火に照らされた端で砂の上に血が流れ、男の腕が真っ直ぐに力無く伸びていた。


「……そうか」


 ガンジュはその様子を見て、小さく息をつく。ブラッソとの以前のやりとりを思い出し、仕方ないか、と少し嘯いたような言い方。


「盗賊、一人逃げた」


 他の方から声がすると、ヘルガが戻ってきていた。身体は何故か砂まみれであり、砂埃を右手で払い、身だしなみを軽く整えながらの報告。


「関節、決めたが、もう一人、来た。急ぎ、離れた」

「(関節……?) もう一人?」疑問符を浮かべるガンジュ。

「肯定。其奴そいつ、捕まえた」首を縦に振るヘルガ。

「流石、女戦士……」剣の血を拭い終え、会話に混じってくるブラッソ。

「……そうか」


 奇襲者は四人居たかもしれない。もちろん、それはそうだ。三人であると相手に決めつけさせてから、改めて奇襲するというのも作戦としては有効だろう(奇襲性は高まるが、数の優位性は減ってしまう作戦だが)。

 ヘルガが左手に先程の男達と似たような格好をした若い青年の服の襟首の所を掴んで引きずってきていた。青年は恐怖の顔に染まり、がくがく震えまくっていた。顔面は蒼白である。


「そいつか」ヘルガの影で見えにくかった青年を改めて見つめるブラッソ。

「恐怖のエルード……本当にいたんだ……お願い、食べないで……! ……じじ、じ、自分は、ただの、……に、荷物持ちなんです……っ、人を殺したことなんて……、一度もないんです……っ、その人達には……無理矢理……、……………………あれ」


 エルードをどういう風に聞いていたかは分からないが、かなりの恐怖に包まれていた青年だったが、焚き火に照らされたガンジュの顔を見るなり、はっとした。


「が、が、ガンジュさーーーん?! 助けてください! 俺です、俺! サーポです!」

「……?」首を傾げるガンジュ。

知人しりあい?」ガンジュを見るヘルガ。

「話だけでも聞いてやるか。ガンジュの捕らえた盗賊と照合しよう」腕を鳴らすブラッソ。

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