⑥砂漠横断中その3-岩場の影にて
近くにあった手頃な岩場の影に向けて移動していくガンジュとブラッソと女性――エルード(名称不明)の三人。レオラダは結局見当たらなかった。
息を吹き返してからの女性の動きは機敏であった。どのような歩法かは分からないが、持続的に砂漠カンガルダの足にやや遅れる形でついてきた。
「すごく速く走れるんですねえ」関心するガンジュ。
「肯定。自慢。砂上の走り。自信あり」誇らしげにするエルード。
「そうか……」エルードの走り方を見て気づくブラッソ。
エルードの共通語の辿々しい喋りが気になるが、ブラッソとガンジュは深くは触れない。
ブラッソはふと考える。彼女は最低限の衣類を纏うだけで、ほぼ軽装である。これならかなり速く走れるだろう。
次に外套である。
彼女自身がマントのようにつけている外套が、船の帆のようになっているのだろう。
走り方も独特だ。足の踏み方までは分からないが、砂に片足が接地した途端に次の足を出している。足の回転がやたらに速い――ように見える。しかし、平坦な道や降砂道は速いが、坂になっている道や追い風のような所では流石にスピードダウンしてしまう。
しかし、あくまで推察。軽装・外套(帆)・走り方を見ただけなのでもしかすると、それら全ては憶測で、このスピード力に関しては別のカラクリがあるかもしれない。
やがて岩場の影に辿り着いた三人。
たどり着くなり、エルードは深々と頭を下げる。――主にガンジュの方向を向いてだ。
「感謝! 君、私の、命の恩人!
命の恩人と言われてやたらに照れているガンジュの脇腹を肘で小突くブラッソ。
どうやらエルードの名前はヘルガというらしい。
「灼熱砂漠、砂漠芋虫、討伐、可能、
「ふむ?」
「この砂漠であの砂漠ワームを倒せるのは勇者くらいのものだってよ」
「勇者! いやあ」つるりとした後頭部を自ら撫でるガンジュ。
「子供か。……いや、子供みたいなもんだな……」
ヘルガがやたらに褒め称える様子にまた締まりの無い笑顔を浮かべるガンジュ。
その様子にどこか呆れていたが、ブラッソ。
「私の名前はガンジュという」胸を張るガンジュ。
「俺はブラッソだ」ぶっきらぼうに言うブラッソ。
軽い自己紹介をすると、ヘルガは言葉を反芻し、名前を覚えているようだった。
そうしてからブラッソは視線をヘルガに向ける。
「頼みがある」
「何(だ)」
「さっきの砂漠ワーム……いや、砂漠芋虫というべきか。アイツとの戦いで道案内人とはぐれてしまってな。この砂漠横断に支障が出ている」
「困(り)事?」
ブラッソが聞いているのだが、ヘルガはガンジュの方に視線を向けて、訪ねている。
ブラッソはすぐにヘルガのこの態度のカラクリに気が付き、小声で隣のガンジュに促す。
「おい、デカブツ」ガンジュに声をかけるブラッソ。
「どうした、小声で」
「どうやら
「ええ?」
「俺たちが助けてから抱き上げたのはお前さんだ。つまりはそういうこと」
「そういうこと?」
「とにかく困ってると言ってくれ。その次に、道案内を頼む、と続けてくれ」
「分かった」
いまいちピンと来ていないこのお坊さん。
自分の言うことしか聞かないというのが、何がなんだかという状態ながらも、ガンジュはブラッソの言葉に従って、言葉を続けることにした。
「困っている」
「!!」
「すごく困ってるんだ」
「そうか」
「道案内してほしい」
「任せれ(て)!」元気な大声のヘルガ。
これで良いのだろうか、と不安げになるガンジュだが、胸を張って、とても嬉しそうにしているヘルガの表情を眺めていると、任せても良いかもしれない、という心情に落ち着く。ガンジュが真横のブラッソを見ると、軽くウインクして、上出来だぞ、と言わんばかりの態度である。
少し
お喋りな道案内人とははぐれ、美女の現地民という形に入れ替わる形で。
ひとまず、小オアシスまで向かうことになる。
(……あ。しまったな。最終的にどこまで案内するか聞いてなかったが……、まあいいか)
ヘルガは脳内で思考する。彼女は共通語が辿々しい喋り方なだけで、思考形態は人間とほぼ変わらない。それどころか優秀な思考回路といっても問題ない。
だが、命が助かった高揚感のせいか。意外な所が抜けてしまっていたようで、ガンジュとブラッソから最終目的地は聞き損ねていたのだった。
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