⑤砂漠横断中その2-砂漠ワームとの遭遇

 今日の内に第一小オアシスに到着予定だったが、早速、危険遭遇エネミー・エンカウントしてしまった。


 朝、野営の始末を済ませていたガンジュに、ブラッソとレオダラが起床してきて、そこから砂漠カンガルダに騎乗して進行開始。

 レオダラ曰く夕方頃には第一小オアシスに到着できる予定(スケジュール)であった。


 だが、突如として大きな揺れが来訪した。


 道案内をするレオダラを先頭に、ガンジュ、ブラッソの縦列歩行で進行していたが、レオダラとガンジュの間に突如として茶色の壁――否、壁のように等しく大きい砂漠ワームが地中から現れた。

 芋虫のような凸凹とした嫌悪感を誘うフォルムに、砂漠の色に適合したかのような茶色の体表を持ち、横幅は数mにもなり、巨大なワームであった。


 進行方向から大きく逸れる形で現在、逃亡しているガンジュとブラッソであった。

 ここでレオダラとははぐれる形になってしまう。


「くそっ、あの道案内屋、どこに行ったんだか!」悪態をつくブラッソ。

「はぐれたねえ」

「一目散に逃げた、の間違いだろ! クソ!」


 砂漠カンガルダは道中からは想像できないほどの速度で駆け抜けている。

 それに追随する砂漠ワームの速度も早い。砂面から口半分を大きく地上に露出しつつ開けて、砂やら何やらを一切合切巻き込みながらガンジュ達を吸い込もうとしている。落馬ならぬ落鳥しようものならひとたまりもない上に、砂漠ワームの口に入るか、あるいは砂漠ワームの身体に体当たりを受け、死か重傷といった具合は想像に容易い。


「くそっ、今朝のアイツの変な雑学が目に浮かぶぞ!」



――知っとりますかねえ。この砂漠におる巨大な砂漠ワームは地上におる生物がいれば口を開けながら突進してくるんやけど、その時に吸い込んだ砂とか余分物は食道の途中にある余剰ポケットに入れられて、後でまとめて不消化物を吐き出す習性があるんですわ――



 顔がぐるぐる巻きだというのになぜか笑顔を浮かべている姿を容易く幻視できるのは、レオダラという彼女の強烈なキャラがそうさせているかもしれない。


 いくらぼやいても現状は変わらない。

 砂漠カンガルダの全力疾走持続時間については二人も知らない。なので、砂漠ワームに対処するなら早ければ早いほど良いのだ。


「二手に分かれるのはどうだろう」提案するガンジュ。

「おっ、名案だな。俺も似たような事思いついてた。右と左でどうだ」頷くブラッソ。

「それは良かった、よし、自分が右だな」

「俺は左をいく。……それと、お前は『火』を頼む。俺はいつもどおり、『雷』だ」

「心得た」


 二人の雰囲気が一気に変わる。二人は集中していく。息を合わせ、アイコンタクトをすると、突如として、左に転回するブラッソと砂漠カンガルダ――であったが。


「あ、あれ……?」

「ちっ……!!」


 二つ誤算があるとするならば。

一つ目はタイミングはあっていたが、未だ騎乗に不慣れなガンジュにとって右へ急転回が上手くいかなかった。カンガルダの足の構造から直角には曲がれないため、Yの字に二手に分かれるつもりが、ガンジュだけ直進している。

 二つ目はガンジュの身体が大きく、砂漠ワーム的にはそちらに食い甲斐があると判断したのか、直進するガンジュを獲物として捉えていた。


「わるいーー! うまくいかなかったー!」謝罪するガンジュ。

「みりゃ分かるよ!!」叫ぶブラッソ。


 仕方がないので軌道修正するブラッソ。結果的にガンジュ(騎乗)を先頭に、砂漠ワームがそれを追い、砂漠ワームに併走する形でブラッソ(騎乗)が走っている。


「けど、こっちの方がやりやすいー! 3数えスリーカウントでいくぞー!」

「い、つ、で、も、……いけッ!」

「よーし! ……鳥君、すまんねえ。ちょっと衝撃があるぞぅ」


 砂漠ワームのぱっくり開いた口というのは恐ろしい。ブルドーザーのように砂を巻き上げながら、ぽっかりと中央に開いた口から漂う臭い香りと、どこまでも暗黒が続く口腔というのは気持ち悪かった。また、円を描く砂漠ワームの円口に沿うように、それぞれ四本の牙が上下左右に生えているのも威嚇然としている。


 謝罪を済ませたガンジュは砂漠カンガルダの背中から一気に飛び上がる。そうして砂漠ワームの口を通り過ぎていく。さながら爆走している列車の頭を通り過ぎて、列車の車両に乗るが如く、ワームの上側面に着地する。

 数珠がいつの間にか消えていた。代わりにどこからともなく取り出した金属の長棒――先端にはいくつもの輪が無数に連なった錫杖が出現していた。



 錫杖の先をワームの身体へと突き刺していく。そうすると砂漠ワームは激しく身体を揺らして、ガンジュを振り落とすべく暴れる。






「カンマーン」


 ドッ教に伝わりし、密教の教えたる「殿教」の中にある「神秘」を体現する者達がいる。

 フレイヤ教徒からは自ら「奇跡」を扱う者達を「奇跡者」と自称するが、他教の「奇跡」といった「神秘」に関するものは中々認めたがらない。しかし、殿教の体現者達への扱いは違った。彼らも本物であることを一部の信者達は知っている。


 不動三鈷印。片手の親指と人差し指を丸め、指同士の先を軽くつけて、他の三指は伸ばしたまま開く。不動明王の一側面を体現。ガンジュは不動成り――しかし、力の言葉の詠唱を省いてる。そのため「不動」でいられる時間は少ない。


 続けざまに一呼吸。

 次なるは攻撃に用いる動き。


「《オン・アギャナエイ・ソワカ》」ガンジュは囁く。


 火天印。天部・十二天が一つ火天を表す言葉。

 そうして錫杖を脇に締めて、両手が自由になった所で印を結ぶ。

 左手の親指と中指を曲げて、指の先を合わせ、他三指は揃えて掌を上に向ける。

右手は掌を前に開き、親指を掌の内に曲げ、人差し指の第二関節を折り曲げ、他三指は揃え伸ばす。


真言たる詠唱。信ずる心たる信心。両手で表す印契。

三役揃うことで業火と成る。


――AAAAAAAAAAAAAA!


 鳴き声なのかはいまいちわかりにくいが、砂漠ワームの慟哭。

 先程までは砂漠に並行していた口も苦しさから天に上向く。その口から震える振動は鳴き声のように聞こえ、辺り一帯を震わせた。砂漠ワームというのは全身が筋肉で出来ているのだろうか、残りの焼けてない胴体から直角に直立している。これは強靭な筋肉がなければ出来ないことだ。まっすぐ直立している丸太といっても良いだろう。その側面。

その途中から錫杖が刺さったままなので、ガンジュはぶら下がっている。


 砂漠ワームの動きが止まり、表面がこんがり焼けて、嫌な悪臭が周りに漂う。


 あくまで表面を焼いた苦しみなので、ここから先はさらなる一撃が必要になる。






「《直雷》」ブラッソは呟く。


 大奇跡の一つ。フレイヤ教がもたらす神秘の一側面。

 女神フレイヤの名を心で呟き、体現する奇跡を信者自身の手で選択する。


 ブラッソの指し示す奇跡。

 昼間の砂漠を電雷が奔る。

 その雷は天より飛来し、砂漠ワームの身体を貫いていく。


 それにより痙攣したように震え始める砂漠ワーム。ぶるぶると震えて雷の余りの速さに衝撃と熱と威力が遅れてやってきていた。


 続けざまに。



「《直雷》《直雷》《直雷》」



 三重大奇跡という大盤振る舞い。

 三つの雷が天を震わす。

 砂漠ワームに飛来する三つの雷は寸分違わぬ超速度で飛来し、かの物を破壊していく。ちょうど胴体の半分辺りがそのまま真っ二つになる。直立を保っていた筋肉が壊死したのだろう。

 やがて直立していた砂漠ワームはゆっくりと倒れた。それに合わせて錫杖を抜くと、砂漠ワームから降り、地面に着地する。

 雷の影響を受けて、ガンジュの身体は少し煤けており、むしろ服からは焦げ臭い香りが漂っていた。


「あ、またボロボロになってしまった」着ている袈裟の状態に気がつくガンジュ。

「すまないな」

「まあ、仕方がないさ。こうして命は救われて――」


 砂漠ワームの胴体が途中から真っ二つになったことで、ワームの食道から何か人影がごろんと砂漠の地面に転がる。


「――人だ!」

「何!?」


ガンジュはいち早く気づき、近づく。

砂漠ワームの体内粘液にまみれて、どろどろになっている人物。

透き通るような美しい白髪、褐色の肌に、耳が尖ったような形で、長身の美しい女性であった。着ている服というのも局部を隠す最低限のもので、腰や胸を覆う布はどこか民族衣装の様で、赤色や黄色の鮮やかな幾何学模様の紋様も今は汚らしい液で汚れている。


砂漠デゼルトエルードだ」

「エルード? 何だそれ! よく分からないけど、助けるぞ!」

「お、おう。そうだな……まずい、息がない」


 珍しいものを見たようにブラッソは目を見開いていたが、ガンジュの言葉で慌てて我に返る。先に近づいたガンジュに続くブラッソ。ブラッソが息を確認してみると、呼吸はなかった。


「窒息したんだろうな」

「なんで!?」

「こういうデカブツの体内に空気が無いんだよ。それに飲み込まれたやつ曰く食道は狭くて、とても息をちゃんとしていられる空間じゃないんだとさ」

「助けられる!?」

「問題ない」


 律儀に説明してもブラッソの余裕はたっぷりあった。

 ガンジュの方はこの砂漠エルードたる女性が助けられるかハラハラし通しなので、不安げに見つめる。


「《蘇生》」


 中奇跡の一つ。フレイヤ教がもたらす神秘の一側面は極・大・中・小の四階に分かれる。

 女神フレイヤの名を心で呟き、体現する奇跡を信者自身の手で選択する。

 ブラッソの指し示す奇跡は蘇生。息を閉じ、死にかけの者を蘇生させる為の御業。


「が、はっ……!」


 女性は突如として身体が跳ね、何かを吐き出した。口の中にも粘液があったらしく、気管にでも入ったのか、苦しそうに何度も咳き込んでいる。


「起こしてやれ、デカブツ。呼吸が楽になる」

「う、うん?!」

「お前が助けるって言ったんだろ、責任持って助けてやれ」

「分かってるって!?」


 ガンジュは女性に、「失礼します、身体に触れますね」と断ってから、女性の首後ろに手を添える。介護するような形になり、上半身を少しだけ起こして、ガンジュの身体にもたれるようになり、気道が少し安定する。

 ゴホゴホ、と何度も咳き込んでから、ようやく落ち着いた。


「平気ですか?」


 心配そうにガンジュは女性の顔を覗き込み、女性はその言葉にうなずいた。

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