④野営中の出来事①
砂漠の昼と夜の寒暖差というのは激しい。
あれほどの暑さであった砂漠も、夜になると一気に寒くなる。
砂漠を住む者達はこう信じている。
昼は「太陽の神」が、夜は冷酷なる「氷の悪神」が試練を与えているのだと。
だから、昼の暑さには負けても良いが、夜の寒さに負けてはいけない、と言われる。
悪神に負ければその魂は悪神に捧げられるからだ。
ちなみにこの世界での「悪神」とはいわゆる「悪魔」の意味に近い。
人をたぶらかし、あるいは人を力で押さえつけ、屈服させ、自らの存在を世に知らしめ、名を広げ、力を増やし、信奉者を悪戯に増やしていく超常存在にして悪の化身(とされている)。
そもそも超常存在は敬うべき存在であり、この世界の人々はそういった超常存在を「神」と呼びがちである。
ただ、「悪い神様」がいるとすれば、それは間違いなく「悪神」と言われるであろう。なぜなら、この世界に「悪い神様」なんていないのである(これは子供から大人まで全ての人々が信じている)。
三人は野営を始めた(砂漠カンガルダは綺麗に整列して纏まっていて、静かだ)。
簡易的なテントを広げ、寒い外気から少しでも遮断するための予防策である。
その後、火口箱で着火し、火をくべ、焚き火を始める。火の周りは暖かい。ブラッソはこの火の暖かさに感謝しながら、炊事を始めていた。保存食ばかりでは砂漠の旅というのも少々味気ない。
睡眠中の砂漠の生き物対策にレオダラは「砂漠の生き物が嫌がる粉」を蒔いていた。何を原材料としているのかは怪しいが、「これはよく効きまっせ」と、したり顔で言うのだから胡散臭さが増す。しきりにガンジュは何の材料かを聞き出そうとしていたが、企業秘密、と断られていた。
ブラッソは炊事用具の一つである大鍋と鍋置き台を置き、その中にジェアダで買っておいた野菜と肉団子を入れ、水筒の水も少しずつ足していくように入れ、煮ていく。時々、調理器具のお玉のようなスプーンで香草やスパイスを加えていく。そうしていく内にハーブ鍋が完成したので、器にそれぞれ注いでいく。美味しそうな香りにつられて物欲しそうな視線を向けてきたレオダラの方を見て、渋々、ブラッソは彼女の器にもハーブ鍋をついでやった(ブラッソ評:いやしい女である)。
ブラッソは堅いパンを取り出し、自らの器にもハーブ鍋を注ぎ分けると、パンを浸しながら食べると、硬かったパンが染みて柔らかくなり、美味しく食べれる。
ガンジュは主に器の中のハーブ鍋をスープのように啜りながら一息ついている。
レオダラは夢中で肉団子やらクタクタになった野菜やら、ハーブ鍋を食べ進める。
彼女は味付けが気に入ったのか、おかわりをしてくるので、二度目まではついでやるブラッソだったが、三度目からは断りを入れた。そうして彼女は「ケチ!」と叫ぶ。そんなやりとりを眺めながら、ガンジュはあの小さな体躯のどこにこんなに入るのだろうか、と不思議がっていた。
夕食が一息ついてから、ブラッソは食べていた鍋に軽く手をかざし、その瞬間、光が放たれる。そうしてから「何故か綺麗になっている」鍋に水を少量入れて、焚き火に添えられた鍋置きの台に鍋を置き、沸騰を促しながら口を開く。
「茶も飲むか、お前」
「飲むぞ」頷くガンジュ。
「お茶ァ?!?!!?」驚愕するレオダラ。
この世界でお茶は高級な嗜好品である。とても高価な為、徳の高い司教や豪商が飲むような天下人の飲み物なのだ。その味は深く胃に染みわたり、上品な味わいで、人を落ち着けるや疲労回復を促すともっぱらの噂である。
お茶を作る準備をしていると、手揉み揉み手のレオダラがまた物欲しそうに視線を向けてくる。ふへへ、と気色の悪い笑みを浮かべている。顔に巻いていた包帯から口元を見せ、笑みの形がニヤけきっていた。
「えへへ……あのぅ……」
「そんなに量は無い。一杯だけだぞ」
「!! ははぁ……」
高級飲料が飲めるならば、と仰ぎまくっているレオダラ。そうして茶葉から煎じた深い緑色の液体――茶が急須から器へと注がれる。器に注がれ、受け取ったお茶を飲み、「これが……天下人の飲み物……苦味の奥に上品な味わい……」と衝撃を受けていた。
ガンジュもまた、お茶をありがたそうに飲み、その味わいに目を細めていた。
ブラッソだけは茶を飲むことを何でも無さそうに飲んでいたが、口中で転がす度に感じる味わいに浸っているのであった。
夕食とその後のティータイムを終えた三人。その後、ブラッソとレオダラはそれぞれ自前で用意したテントに入るなり、寝袋で眠りについた。
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