②砂漠の案内人レオダラ

 朝食を終えたブラッソ。彼は宿屋の外にガンジュと共に出る。

 朝になって、しばらくしているというのに朝の日差しは山の上の方である。谷間にあるとはいえ気の長い朝の訪れである。重役出勤も良い所である。


 砂漠超えの隊商キャラバン、あるいは砂漠を超えてきた隊商がいれば賑やかになる大通りだが、それが無ければ寂しい田舎町に見える。

 道行く人にはどこか活気はなく、寒々しい外の冷気と雰囲気は似ていた。


「まず残念なお知らせが一つあるぞ、お前」

「残念なお知らせっていうのはなんだ?」


 ブラッソが歩き出すと、やや遅れる形でガンジュがついてくる。その仕草は少年然としているが、大の大男がすると不気味に見える。


「時期が悪かった。『ベンタニア砂漠』の良い案内人が殆ど出払っている」

「やっぱり案内人が要るのか?」


 心の底からの疑問そうな声であった。そんな間の抜けた声がどこかブラッソに苛立ちを与えるが、すぐに押し留める。こういう世間知らずな所は、巨漢の唐突に始まった所ではなく、常日頃からだ。


「この『身体』なら砂漠超えも楽々さ」

「……」


 ガンジュは大きく両手を広げて、天に仰ぐ。

 ブラッソはそんな仕草に頭痛を覚える。


「『お前』は良いかもしれないが、俺はかなりしんどい目にあうし、遭難すれば最悪俺が死ぬ。お前は生き残るだろうが」

「それは………」


 彼は少し間を置いてから。


 困るな、と呟いた。

 それに深々と首を頷きながら、歩みを進める。

 進む先はこの町、ジェアダの南の入り口、砂漠に向かう道への入り口である。


 入り口に着くと、茶色の外套を身に纏った人形の人物の影があった。身長は150cmほどか小柄で、頭の形状も茶色の布でぐるぐる巻きのターバン状である。目元や口元も包帯か何かの布で巻かれている。いかにも胡散臭い姿の人物であった。男か女かも分からない。


「これはこれは。ブラッソさん。今回はよろしゅうお願いします。そちらはガンジュさんやね。改めて自己紹介させて頂きます。自分の名はレオダラっていいますわ。今回の案内は第三小オアシスまでの道案内となりますが、安全で快適な旅をお約束し、賃金の分の働きは存分に致しましょう!」

「んんん?」

「東部訛りの喋り方だな。気にするな。意味は通じるからな」


 この世界には基本的に共通語があり、それを喋ることができれば問題はない。この場合の「東部訛り」というのは東国にある共通語の訛った喋りであることを指している。


「しかし、おしゃべりレオダラか。その名に見合った喋りだな」

「そらよぉ言われますね。ねーちゃんの股からやのうて、口から生まれたのやないか、と。しかし、言葉は時に剣よりも相手によく突き刺さるで。身体の傷やのうて、内面のきずで相手の心を殺したりすることができるのもまた言葉ですわ。旦那」

「……ふん、まあいい」

「あっ」


 口元の包帯を解き、くぐもった声がよく聞こえるようになる。高い女の声であった。

 レオダラが女であることに気が付いたガンジュは小さく声を上げた。

 その反応が良かったのか、レオダラは小さく笑う。


「きひひ」

「……」ジト目になるブラッソ。

(気づかなかったなあ)驚きを隠せないガンジュ。


 気がつくと谷間に差し掛かる日差しが少し下がってきていた。

 その様子に気が付いたレオダラは慌てる。


「おっと、ここでいつまでもぐずぐずしとったら砂漠超えはできひんですわ! ぼちぼち出発しましょう! 砂漠カンガルダの騎乗は楽ですわ。どシロウトにも簡単! 腰を落ち着けて、止まる時は手綱を強く引っ張ること。進む時は手綱で軽くひっぱたくこと。方向転換したい時は下ろした足の片側、身体の表面を足でしばくこと。後ろ向きには下がれへん! きひひ!」

「しば……?」

「叩くってことだ。いくぞ、デカブツ」


 ガンジュは疑問符を浮かべながら、ブラッソはレオダラに流されないように気をつけながら、レオダラは二人を案内する。

 入り口近くには牧場で見るような木の柵で覆われた大きな囲いがあった。その中には体長2m近い大きな二足歩行の大鳥――砂漠カンガルダがいる。大きな二本足。体表の茶色とも黄色とも取れるような体毛は意外と短く、密に覆われていた。ガンジュはその短い体毛を見て、触れて、それが砂漠で生きる工夫なのかもしれないと即座に気づく。

 砂漠カンガルダは「ノ」の字のような身体のラインで、ノの字の半分の所に鞍が置いてある。ちなみに鐙(あぶみ)のようなものはない。よく見てみると猫背の途中で背中にコブのような箇所があり、そこに鞍をひっかけているようだった。

 砂漠カンガルダ牧場の囲いの入り口を開閉式の塀扉があった。そこのすぐ近くに立っている牧場主らしき人物と、レオダラが話し始めた。砂漠カンガルダ飼いらしき労働者も居て、大鳥を注意深く見ており、その労働者も鞍に跨っていた。遠くも見れるし、移動手段としても使えるだろう。合理的だ。カンガルダを追う時もまた、カンガルダが適しているのだ。

 牧場主はどうやら砂漠カンガルダを貸出しているらしく、砂漠カンガルダは移動手段として便利らしい。レオダラは三匹を連れて、すぐに戻ってきた。


あぶみはないのか」

「すいません、あぶみはないんですわ。砂漠カンガルダはそういうのを嫌いましぃ。鞍を乗せるだけでも苦労した先人の話はいくつもありまし――」

「おお……」


 ガンジュは興味深そうに見つめており、すぐさま鞍に跨がろうとする。意外と身体は頑強らしく、勢いよく飛び移っても、ガンジュのような巨漢を背中に載せても微動だにしなかった。


「すごい、すごい! すごいな、これは」

「……意外といけるもんだな」

「お兄さんのようなおっきい人でも結構乗れますやろ? 砂漠カンガルダの頑強さはピカイチなんですわ。いやあ、これで砂漠を快適にいけるってもんですわ」


 レオダラも乗り慣れているのか、すぐに飛び移る。

 ちなみにブラッソも遅れて乗り込もうとするが、最初は上手くいかず、二度三度難儀そうにしてからようやく跨ることに成功する。


「馬の方が俺は得意なんだよ」唇を尖らせるブラッソ。

「それは知ってる」

「ほなら御二方、いきますよー」


 砂漠カンガルダに跨った三人は前進する。

 ひとまず向かうべき先は第一小オアシス。

 ベンタニア砂漠横断はこうして開始される。

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