第3話 風俗店 続々編

気がつくと俺は駅のホームにいた。

ラバー人形となった七海のいた待合室を出てからの事は正直よく覚えていない。

ただ、財布からある程度のお金が消えていた。


目を閉じて大きく頷くと、ホームにやって来た電車へと乗り込んだ。


車窓からは街の明かりが煌びやかに見えるが、それとは対照的に俺の心はどんよりと沈み込んでいた。


車窓に反射して映る俺の顔は悲壮な顔をしている。

それを見て俺は何かを掻き消すように大きく頭を振った時だった。


スマホにメッセージの着信音。

メッセージを確認すると、送り主は七海。

風俗店を出てからそれほど時間が経っていないタイミングでメッセージが来たという事はあれは七海ではなかったという事ではないかと期待する。


メッセージの内容はこうだった。

《急に会いたくなったから、今から会えない?》


俺の心がパッと晴れた。

すぐに返信する。

《俺も七海に会いたかった、どこで会う?》

時間は22時過ぎ、店で会うなら居酒屋で朝まで飲むか、オールナイトで映画を見るか、俺の家にお泊まりするかの3択ぐらいだろうか。


七海からの答えは《俺の家》だった。

俺の家には七海のお泊まりセットから着替えまで全て整っている。

いつでもお泊まりが可能だ。


ただ、俺の部屋は散らかっている。

七海は事前にこんな感じで連絡をくれるので、片付ける時間がある。

今から忙しくなる。

車窓に映る俺の顔はほんの数分前とは別人のように変わっていた。


『ピンポーン!』

俺が慌てて家の中を片付けを終えて、間もなくの事だった。

七海がやって来た。

慌てて散らかった部屋を片付けた事がバレバレなほど、俺の額には大粒の汗が光っている。


玄関の扉を半身で開くと、そこにはいつもと変わらない七海の笑顔があった。

「どうぞ、どうぞ、入って!今週忙しくて慌てて片付けてたんだ」


「お邪魔しまーす」

と言って家に入る七海は俺の額の汗を見て微笑んだ。


いつもと変わらない七海。

俺は風俗店での出来事が嘘かのようなに解放された気分になりホッとした。


だが、次の瞬間俺は凍りついた。

俺とすれ違い部屋の奥へと進む七海の髪から今まで嗅いだ事のない匂いがした。

その匂いはラバーの甘いような香り。

俺の頭には風俗店の待合室で見たラバー人形が鮮明にフラッシュバックしてきた。


“やっぱり、あれは七海だったのか?“


「どうしたの?」

俺の見たことのない表情に七海も心配したように声をかけて来た。

俺は頭をフル回転させて言い訳する。

「今日が期限の仕事のことを急に思い出してしまって」

俺は頭を掻いて誤魔化す。

「大丈夫なの?」

心配そうに聞いてくる七海にそれとなく理由をつけて受け流した。



仕事も風俗店の事も忘れて、いつもと変わらない七海との時間を過ごす。

七海はいつもと変わらないが、俺の様子がいつもと違うので七海が聞いてきた。


「ねぇ、浮気とかしていないでしょうね」

「してない、してない!」

七海はふぅーんという感じで追求は止まった。


「ねぇ、ところで風俗とか行ったりするの?男性はそういうの好きなんでしょ?」

まさかの七海からそこに触れてくるとは。


「そりゃあ、たまにはね、男の付き合いってヤツで」

七海はフーンといった感じで俺を見てくる。

「俺も男だからね」

そう言いながら七海を見た風俗店の名前を口にするかどうか迷った。


そして、俺は迷った挙句、行った店の名前を口にした。

店の名前を聞いた七海は明らかに固まっていた。

しかし、へぇーと言った感じで動揺を悟られないように平然と振る舞おうとしているのは明白だった。


ここでこの話は無かったかのように終わるのか、それとも全てを告白して七海なりの借金があったとか、友人に騙されたといった言い訳をしてくるのか。



沈黙がしばらく続いて、七海が発した言葉に俺は驚く。

「待合室あるでしょ、その店、どの待合室に入ったの?」


話が終わる事も、言い訳するでもなく深掘りしてきた。


少し迷って答える。

「真ん中の待合室」


それを聞いて七海は目を閉じた。

「見ちゃった?」

「見ちゃった!」

もう、後には引けない。


「そう、由里子のヤツぅー」

由里子は七海の仕事の友人でブランド品で身を固めている女性。

派手好きで、俺も一度会ったことがある。

七海とは身長も体型もよく似ていたのを覚えている。



「さっきここへ来る前、由里子から連絡があって、今日で儲かるバイト辞めたから、私に返すものあるって呼ばれたの」

俺は七海の話に耳を傾ける。


「で、渡されたのがこれ!」

七海は紙袋を持って、中から【ななみ】と書かれた札を取り出して見せてくれる。

そしてその裏側には紛れもなく七海の写真が貼り付けられていた。


これはあの風俗店の待合室で見たものに間違いない。


紙袋の中にはあのラバー人形が着ていたラバースーツに拘束具も入っていた。

「ねぇ、これなんだと思う?」

七海は本当に知らないのか、それともしらばっくれているのか。

真相は本人しか分からない。



“どうする?“

俺は思い切って七海をこの場でラバー人形にして本当に知らないのかを確かめてみる事にした。

実際に着せてみての反応を見て、七海の言う事が本当かどうかを見てみるために誘導する。


「七海、一回着てみてよそれ、見てみたいなぁ」

少し膨れっ面になりながらも、七海は紙袋から一度全部出して、出したものを不思議そうに眺めている。


もし、風俗店で働いていたなら簡単に着ることはできる。

仮に知らない演技をしていても、要所要所でいつものクセが出るはずだと俺は睨んでいる。


ラバースーツを広げて不思議そうに見る七海。

ラバースーツはマスクまでも一体型で、着ると肌の露出がなくなる。

「寝室借りてもいいかな?」

「どうぞ!」


七海は出したものを全て紙袋に戻して寝室へ行ってしまった。

もし七海があの風俗店でラバー人形として働いていたのなら、裸でラバースーツを着るはずだ。

恥ずかしさから普通なら下着を着た上からラバースーツを着るだろう。


着替えるのにかなりの時間を要している。

なかなか出てこない七海を気長に待つ事にした。

七海がようやく出てきた。

ラバーマスクは被らず、涎掛けのように垂れ下がった状態で。

ボディハーネスをつけようとしたようだが、めちゃくちゃで付けたというより絡まっている。


ワザとなのだろうか?

それとも普段は店のスタッフにやってもらい自分ではできないのか?


俺はボディハーネスを七海のラバーの体に付けるのを手伝う。

その際、下着が浮き出ていないか確認したが、ショーツもブラジャーの後も見当たらなかった。


ほぼ、黒に近づいた七海。

俺はショックを隠しながら、ボディハーネスをつけた後、後ろ手に腕をベルトで体が反るようにして拘束した。

そして、正座をさせて立てないようにベルトを巻き付ける。


「どう、痛くない?」

「うん、大丈夫そう」

七海は明るく答える。

「好きそうだよね、こんな恰好」

俺は顔で笑って心で泣いた。


ラバーマスクを被せる。

口がコンドームのようなものが付いているので、七海に咥えさせるが全く躊躇する様子はない。

そのままマスクを被せて鼻の位置を調整する。

初めてラバースーツを着て拘束され、目も見えないマスクを被せられれば不安で仕方ないはず、だが七海はそんな素振りを微塵も見せなかった。

七海に首輪と口枷をつける。


もうすでにラバースーツ越しでも分かるほど、乳首が凛と勃っている。

それに鈴のついたクリップを両乳首に取り付けて札を掛ければ出来上がりだが、風俗店と同じようにしたくない。


風俗店に居たのは、七海の友人 由里子で七海ではない。


ラバー人形となった七海を抱きしめる。

頭を撫でて気づいた。

七海の頭の左上にタンコブがある事に。


そして、思い出した。

ラバー人形に逝かせてもらった俺は力任せにラバー人形を床に叩きつけてしまった事を。



俺は声を殺して涙を流した、ラバー人形となり動けない七海を抱きしめながら。

そして決めた。

自分のためにも七海のためにも嘘だと分かっていても七海の言葉を信じる事にした。








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