第10話 どちらでもない月曜日

 日曜日の夜に、会社勤めのサラリーマンから体調に関するアンケートを取ったら、さぞかしひどい結果が出るだろう。

 日本人が全体的に病んでいると思い込みたい、思い込ませたい研究者は、アンケートを日曜日の夕方から夜中にかけてインターネットで取ればいい。きっとお望みの結果が出るはずだ。

(餃子食べただけで終わった……)

 金曜日の夜は、ちょっとした独り餃子パーティーをした。意外にも胃もたれせずに土曜の昼を迎えた。

 起きた途端に、部屋に漂う餃子の匂いに驚いて窓を開けた。そして、料理をしてから水につけただけの皿や調理器具が、シンクを占領していた。

 一人暮らしの部屋では、臭いも汚れもほとんどすべてが自分の責任だ。金曜日の自分が、土曜日の自分に用事をすべて押し付けただけのことだった。

 それでも、金曜日は楽しかったという記憶を糧にして、それらを片付けた。

 流れで洗濯機を回し、床用の掃除シートで床掃除をし、風呂に洗い流すだけの薬剤を吹きかけた。

 掃除好きでも、綺麗好きでもない。ただ、退去のときに余計な費用が発生するのが嫌なだけだ。

 学生時代二年だけ住んでいた一人暮らしの家で、フローリングの上に布団を敷いたまま一年を過ごした。

 そして、消防設備点検のときに、仕方なく布団を畳んだ。フローリングにも布団にも、びっしりと黒カビが生えていた衝撃は忘れない。布団は買い替え、床には色々な薬剤を試したが、フローリング張替え費用は退去時にきっちりと請求された。

 今は当時より多少大人になったので、賃貸住宅に関する国のガイドラインを読み、何をしたら余分な費用を請求されるか分かるようになった。

 そういった意味でも、ソーシャルネットワークサービスは優秀だった。

かみ砕いた説明をある程度してくれる。まずはそこで情報を仕入れ、次に身元の確かな法律家が事務所の宣伝のために趣味で書いているブログを探す。そこで平たくされた文章を読んでから、関係者向けのガイドラインを読めばある程度理解できる。

 仕事を始めてから、会社の先輩に習った有用な手段だ。

 いきなり法律の条文に当たったり、国のガイドラインに当たると、早々に挫折するのでやめた方がいいと習った。

 その先輩は、数年前に退職したと聞いた。親切できれいな、春木よりも三年ほど先に新卒で入社した先輩だった。結婚を機に退職したと聞いたが、その半年前に秘書部に異動となり、かなりメンタル的に辛そうにしていたと後で知った。

 思い出すたびに、少しだけ悲しくなる。

 春木に、退社するときには、机の上の書類を引き出しにしまい、ペンはペン立てに戻すといったような基本的なことを教えてくれた人だ。

 失礼ながら、恋心を抱くより先に、母親に近い安心感を覚えた。意地悪をされた記憶はない。彼女の言うことはいつも真っ当だった。

 彼女のおかげで、女性とほとんど接点のなかった自分が、仕事ではまともに女性と話せるようになった。営業事務の女性に普通に接することができているのも、先輩のおかげだ。

(先輩元気かな……)

 日曜日の夜、シャワーを浴びた後に、ベッドの上で何度か体勢を変えながら、新卒時代のことを思い出して少しセンチメンタルな気分になった。

 スマートフォンをだらだらといじっていると、時間感覚がなくなる。

 結局怠惰な休日を過ごした。前週の活動的だった自分が嘘のようだ。だが、先週が特別だっただけだ。金曜日だって、少しだけ特別だった。

(アキナガさん、映画おもしろかったかな)

 先週の土曜日に見た映画のレビューを見ると、歴代作品史上最速で興行収入百億円を突破したとあった。

 見た映画が間違っていなかった気がして、仕事用カバンの中で静かにしているパンフレットの価値がぐっと高くなった気がする。

 今、気分に関するアンケートを出されたらどうだろうか。

 『月曜日は憂鬱ですか』

 恐らく、選択肢は『そう思う』、『どちらかというとそう思う』、『どちらでもない』、『どちらかというとそう思わない』、『そう思わない』だ。

 今までの春木なら、間違いなく『そう思う』に大きく丸を書いただろう。今は違う。

 『どちらでもない』

 真ん中に丸を付けることができる。月曜日は憂鬱だ。しかし、今日は忌避するほどではないと感じている。

 歯を磨いたらすぐに眠ることにして、ベッドから立ち上がった。あと八時間後には、『どちらでもない』月曜日の朝がくる。

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この行動は何歳から気持ち悪くなりますか 里中翠鳥 @SatonakaSonidori

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