私の頭の中の本棚
※以下の文章には東日本大震災時の話があります。ご理解の上お進みください。
私は、小説を書くことが好きだが、本を読むことも同じくらい好きだ。
十二年前。私の部屋には180センチの本棚がありそこには前列後列、果ては上の隙間に横置きにしてまで小説や漫画がぎっしり詰まっていた。
そのほかに、子供の頃から使っている学習机の備え付けの本棚にもずらりと本が並んでいた。
作家になりたい。なれなくても本に携わる仕事がしたい。
そう思い投稿をしたり、本屋でアルバイトをしたり、司書の資格をとったりしたが、結局は自分の努力だけではどうにもならない壁があり、普通の派遣OLとして平凡な毎日を送っていた。
夢は叶わなくとも、たくさん本があればその穴はなんとか満たされた。
自分の本棚の他に、毎週10冊の本を図書館から借りる。
それが私の生きる楽しみであり、世界のすべてだった。
2011年3月11日までは……。
*
東日本大震災。
その日、私の住んでいるところは震度6弱の揺れが3分続いた。
職場の机の下に隠れてやり過ごしたが、体感としてはもっと長い時間のように感じたものだ。
しかし、幸いなことに私の両親も妹も無事だった。住んでいるマンションも大きく揺れはしたが、住み続けるのに問題はないと判断された。実質、失ったものはなかった。
ただ、大きな被害を受けたものがあった。
私の精神的な支柱である本棚だ。
我が家は、マンションの上層階に住んでいる。震度6弱の揺れは、高さに比例して大きくなる。
私の本棚は、耐えられずに
転倒ではない。
『崩壊』だ。
家に帰ると、どの部屋もひっくり返って足の踏み場もなかったが、とりわけ私の部屋の被害はひどかった。
180センチの本棚は、ビスが外れバラバラの板にもどり、私のベッドを押しつぶさんばかりに覆いかぶさっていた。
もちろん、中に入っていた大切な本たちもぐちゃぐちゃになり、部屋中にまき散らされていた。
私は、そのありさまを見て泣けなかった。
ただ、
命より大切だと思っていた本も一瞬でこうなってしまうのだと。
そして、就寝中の地震であったならば、私はその本によって大けがをしていただろう。
私は水も出ない、節電を呼びかけられ寒い部屋で震えながら、納めるところのないただ無造作に山積みになった本たちと1か月ほど過ごした。
その間、本を開くことはなかった。
連日繰り返される生死の情報の前に、本は少しの励ましにもならなかった。
現実が想像を
本は所詮、
その上、本棚が崩壊したことで本は私の命を脅かすものに変わってしまった。
ガソリンが手に入るようになると、私は命より大切だと思っていた本を、私の世界のすべてだと思っていた本を手放した。
私は、本を開くことなく黙々と荷造り紐で縛り上げ車につけた。
それでも、さすがに捨てることはできず古書店に持ち込んだ。
私の大切な本たちは、二千円程度にしかならなかった。
*
小さく小さくなった本棚。
本は、最初の三分の一も残ってはいない。
その時、ポロリと涙がこぼれた。
本を処分した後悔からではなかった。
なぜか自分でもよくわからないが、これでよかったとストンと妙に納得した。
地震直後。ぐちゃぐちゃになった本を見たとき、私は私のすべてを否定されたような気がした。
どう頑張っても自然の力にはかなわない。
生も死も、将来も自分の力ではどうしようもないのだと見えない力に踏みつけられ
けれど、小さくなった本棚を見ながら、そこにはもう並んでいない本たちを思い出すと少し違う考えが浮かんだ。
本棚にぎゅうぎゅうに押し込められていた時点で、あの本たちはもう役目を終えていたのだと。
どんなにおいしそうな料理も食べれば無くなり、血肉となる。
あふれんばかりの本たちは私の自己満足で、ただの飾りだった。
固執してとっておく必要はなかった。
それらはもう、何度か読み込みすでに私の血肉となっていたのだから。
あのぐちゃぐちゃの本はすべて私に中にあり、そして今の私を作っているのだ。
*
あれから十二年。
一時期は、震災という凄惨な出来事の前に、本を読むのも書くのも無味乾燥な気がしていたが、少しずつ折り合いをつけてまたもとの調子に戻って来た。
私の本棚の本は、少しは増えたものの定期的な新陳代謝を繰り返し維持されている。
しかし、私の頭の中の本棚は年を経てさらにぐちゃぐちゃで混沌として、あふれているのだろう。
それでいい。
その私の中の肥えた大地から、珍しい花が咲くかもしれないから。
お わ り
とりあえず、本をいっぱい持ってる方が多いと思いますので、本棚は転倒を通り越して一気に崩壊する場合もあるので寝室にはなるべく置かないで下さいね~。本も本棚も凶器になります💦
☆3以外も歓迎です。気軽に評価をお願いします。
(2023KACの再収録です)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます