空の塔 第6節 特別編「THE ORGANIZER」

 私は帰ってきた。あのAIが偶然にも生きていたお陰で帰る事が出来た。あとは仲間たちの力のおかげだ。そしてサキ達だが、私が消息不明になったと知った時は相当不安だったそうだ。


「また、もう会えないかと」


「こっちもそう思ってたよ」


私の返答は3割くらい嘘かもしれない。確かに「戻らなければ」という意志はあったが、そこで彼女達の顔を思い浮かべてはいなかった気がする。戻らなければ、あの不快と不安から逃げるための行動でしかなかったかもしれない。そう考えていると、サキに堂々と顔向け出来なかった。多くの無関係な人にはただ疲れた顔に見えるだろうが、長い付き合いの彼女にはそれとなく見抜かれた。


「…また”こっちの世界”に戻ってきた感じかな」


「そうだね。せっかく普通の生活に慣れてきたのに、また離れた感じ。」

「まぁ前ほどじゃないけど」


「人間側に敵いないもんね」


敵という言葉は久しぶりに聞いた。戦時中当時がいかに異質な世界であったかを考えさせられた。私が敵と戦う事はなかったが、見たことはあった。ただし見るとしたら攻め込まれた時だけ。故に有無を言わさぬ殺意と対話の余地のない精神しか感じ取れなかった。


「確かに」





あの人は英雄。あの人は天才。あの人は重要人物。

”博士”はすごい、と皆言う。確かに嘘ではないが、俺はちょっと違う様に捉えている。あの人は幸運の人だ。こういう風に古い友人と話している姿を見ると貫禄などあったものじゃない。普通の人にしか見えない。


ある時、緊急会議だと呼ばれた。張り込みには交代要員を置いておいたから、今すぐ来いと乱暴に言われた。平和な世界なのは市民だけだなとつくづく思う。


「遅いぞ」


感情の伴わない言葉を浴びせ掛けられる。こいつは怒ってもいないし、心配もしていない。ただ、遅れた事が不利益になると言う事を俺に再確認させるために一秒足らずではあるものの時間を消費したのだ。


「急に呼び出されたんだから当然でしょ。」


「こちらは君の所在など把握していない。」


戦略上、情報分断をしているので上司でも部下の居場所を知らない事は多々ある。であれば遅れる事を不利益にしないために気をつけるのは指令側なのではないかと愚痴を言いたくなるが、もっと時間の無駄になるので黙っている選択肢を取った。


「おそらくだが、人類軍の奴が探索隊に入り込んだ。」


「は?」


人類軍とは、戦争の火種の一つとなった陰謀論者の集まりである。「地球上で起きた腐食波による汚染は、来るべき食糧難に事前に対処するために機関とエイリアンが協力して意図的に行った人口調整である」と言う主張を軸にしている。機関が、戦時中に突然現れた無国籍組織に見えた事と、機関にしか出来ない地球外文明探査によって技術を発展させていた事からそのような考えが生まれたらしい。我々の、世界の崩壊を裏から防ぐことを目的とした秘匿された行動は疑われてしまった。

結局、終戦してからは勢力を失い小規模なカルト集団として留まっており、機関による統制化に置かれてしまう程度であったはずだった。故にスパイなど、ましてや機関が主導する作戦への侵入など想定していなかった。


「誰が入ったんです?」


被疑者は三人いるという。


1、戦時中、エンジニアとして従事。当時は地球外領域での電力供給機器の保守管理を行い、後にインフラ担当のエンジニアとして働く。汚染環境下でのインフラ維持の経験があることから探索隊のメンバーとして選抜


2、現役で軍に所属。10年ほど前、終戦間際で機関に従軍。ゲート基地の防衛隊の一人であり熱線兵器により軽度被曝。左眼視力低下の後遺症を持つ。ベースキャンプの保安管理のための合計8人の部隊に選抜。


3、情報工学の研究者。5年前に仮設大学校大学院卒業後、地球外文明の記録媒体から情報を抽出し分析する業務に従事。耐性保持者である事が判明、スカウトに至り本人の同意の下、探索隊のメンバーとして選抜。


以上の情報は機関の調べと、人類軍に潜伏するメンバーからの通知を根拠にしている。三人目のみ、父親が過去に人類軍と関わりがあった可能性が示唆されているが、人類軍が本格的に動き出す前の接触である事と、現在はいっさいの関係性がないなど希薄な関連性である。他の人物は辿れる限りで関連性がない。ただし、戦時中とその前の情報は欠損が激しいため、信頼性に欠けてしまう。


「目的はなんなんです?」


「わからん。」


「今の幹部は金もうけしかしてないはずでは?」


現在、人類軍の幹部は変容した。戦時中は本気で信じて活動していたが、終戦の少し前あたりでは陰謀論を捨てていた事がわかっていた。信者同然の構成員を除いて、幹部クラスの人物は金儲けのための活動を続けているに過ぎない。これは、人類軍の残党が非統制下でめちゃめちゃな行動をするのを避けるために、機関がわざと人類軍を破壊していないためだ。人類軍関係者が不明瞭であった終戦直後に、わざと「我が家」を残してやる事で自然に一箇所に集まる様に仕向けたのだ。もはや、人類軍は世界を揺るがす力などないはずなのである。


「というかなぜ、人類軍だってわかったんですか?」


「匿名化情報源だ。」


「…なるほど」


情報源は自らを開示しないものの、信頼性を証明するために特定の記法で書かれた文章である。最近はほとんど使われていないが、戦時中に多く使用された。


「…それは、大分ですね」


「そうだ。だから君は現地に行ってくれ。」

「すでに5人、監視役で行っている。君は自由に動いて捜査する役だ。」


「わかりました。」


終戦後の任務では汚染区域での勤務がなかったため、しばらくぶりのギアスーツであった。それに、腐食波による不快感が俺を苦しめる。俺は耐性保持者だが、他の人に比べたらそこまで高い耐性ではない。持前の体力と気力で耐えているに過ぎない。仮に相手が高濃度汚染区域に入り込めば追いかけっこで負けるかもしれない。しっかりと順応しなければと時間をかけつつ、現状の把握と報告を受けた。


「AIの発見?」


「あぁ。でも、そこの担当は特殊メンバーだけだ。さすがに無理がある。他を気にするべきだ。」


「・・・そうか。」


この星の文明を探るのに大きな一歩となるAIが発見されたらしい。人類軍の立場に立てば注目の的であるが、確かに、機関メンバーが包囲している中で難しいだろう。この後、数日間は何も収穫がなかった。徹底的に見張っていたがなんの問題もなく作業が行なわれていた。だがある時、やっと一つの手がかりが見つかった。


「多分、敵だろう。足跡をみつけた。」


「足跡?」


「ジョイスの足跡、変だ。」


ジョイスはAIの調査をしている機関メンバーの一人である。一度歩いて出来た足跡が、しばらくたった後に形が変わっていたのを発見したのだ。彼女はAIが検知された端末の電源供給を安定させるために、少し離れた場所へと単独へと行動していた。彼女の足跡を辿って歩いた人物がいる。ハンターのように、身を隠すようあ行動している。彼女も協力者なのか、単に利用されているだけなのかはわからないが、潜入チームの配置換えを行い、彼女の周辺を張る事にした。そしてある日、彼女がいつものように物資を運んでいたのを監視していた所、“二人目の足跡”が生まれた瞬間を見る事が出来た。光学迷彩の類だと思いスキャナーを使ってもみる事が出来ない。そんな技術はこの世にないはずだが、完全な透明人間が居るのは事実であるため、なんとしても跡を着けるため、ジョイスの足跡を注視し続けた。そんな時、足元の砂がなくなった辺りで“足跡の変化”が消えた。消えた辺りを機材が行ったり来たりしていたので


「ここを起点に足跡への出入りをしてるのか」


透明人間に気取られないように、その場所を囲むようにスキャナーインクをばらまいた。普通、見える周波数がばれない限り気づかれないが、あれほどの迷彩を持つ相手に効くのかという危惧はあった。しかし、うまくいった。足跡が奥へと、誰もいない場所まで伸びている。俺は追跡した。足跡は暗い通路を進み、いくつかの角を曲がった辺りで歩調が遅くなっていた。安心している。迷彩を外すかもしれない。偽装型携行ハンドキャノンをくみ上げながらゆっくりを進む。大きな通路に続く角を左曲がったのを確認し、覗き込むと足跡がまっすぐと壁まで伸びていた。その壁にはK2爆弾が仕掛けられていた。だがそれ以上に俺が気になったのは、その場所から左、どちらかと言えば、俺のいる場所の壁越しに反対の位置に歩みを進めたであろう足跡であった。

(追跡に気づかれた?!壁向こうに居る?!)


犯人が居る。確実に居る。いままさに犯行を行った所、相手はなんとしてでも抵抗してくるだろう。武装していて当たり前だろう。ここでめんどうくさいのは、俺は相手を殺せないという事。尋問の必要があるからだ。だが相手は殺しに来るだろう。来ているスーツの防御性能が同等程度であれば、今の出力のハンドキャノンで5、6発で気絶。相手は一撃必殺の可能性。俺は、低い位置にスライディングするように飛び出して壁の影を確認する。


「居たな」


相手は迷彩を外していた。とっさに顔に打ち込み、数発を連射する。相手は体勢を崩しながらも発砲してくる。初弾は俺のすぐそばの床にあたる。10センチ程度のくぼみが出来た。二発目が天井に跳弾し俺の胸のアーマーに当たる。かなりの衝撃により動けなくなるが、貫通はしていなかった。俺がうずくまっている間に奴は逃げ出した。迷彩が体を覆い始めたためとっさに逃げる背中に打ち込む。迷彩が壊れたようで隠れないまま走っていく。俺はあいつが仕掛けた爆弾を回収し追いかけた。


「なんだよ。バカみたいに速いっ…」


奴は俺の二倍ほどの速さで走っている。とことん見たことのない技術だった。足跡のインクはだんだんと薄くなっていたため、奴が止まるまで持ってくれるように祈った。姿は完全に見失ったが、足跡を全力で追いかけていくと、前方からジェット音に似た音が聞こえた。進んだ先には割れた大窓があり、そこから30メートル下の広場に見たことのないVTOLか何かの航空機が見えた。煙を巻き上げながら垂直に上昇するエイのような影は加速しようとしていた。汚染区域で正常動作する大型機械などありえないと驚きつつも、止めるために発砲する。しかし全くと言っていいほどに傷がつかない。私はとっさに先ほど回収したK2爆弾を取り出す。腕部の出力を上げて航空機に投げつけた。航空機に接着した爆弾を射撃すると容易に起爆し、体勢を崩した機体は直下に落ちた。


「…高い」


私はパイロットを引きずりだすために30メートルのジャンプをした。このスーツが高所落下に耐えるのは知っていたが、怖いもんは怖い。着地で崩れた体勢を整えると機体で全力疾走した。相手はコックピットを開けて銃を取り出していたが、俺はそこに蹴りを入れ銃を吹き飛ばした。至近距離でマガジン一杯の銃弾をぶち込むとやっと静かになった。

見た目は我々のスーツの酷似しているが、所々見たことのない模様や機器が搭載されている。また、機体に関しては傷がなかった。煤はついていたがほんの少しへこんでいる程度で損傷などなかった。


「あくまで姿勢を崩して制御不能になっただけみたいだな」


「意味が分からん。何だこれは。」


あとから合流した潜入チームと話した。こんな技術は機密情報にもないし、エイリアンの文明でも見つかっていない。


「なんなんだよこいつら。人間だよな。」


「内部構造なんだが、操縦桿やインターフェース周りは人間の技術だけど、それ以外の内部は基本的にエイリアン技術だわこれ。」


「そんな事って…」


機関が把握していない、我々よりもエイリアン文明に精通した組織。そんな敵性組織は戦争時の敵のどれよりもやばい。想像以上の事態に我々は戦慄し、ひとまず本部に報告するしかないと意見が一致した。

結局、本部の返答としては「当該航空機の解析をし、敵組織の拠点を探し出せ」とのことだった。その通りに解析を行った結果、航空機はあの後32キロメートル先の地点まで飛ぶ予定であった事がわかった。幸いな事に、航空機の操作系は既存のVTOLとほとんど同じ物であったため、この機体を使い、俺ともう一人で数キロ手前まで行く事にした。


「ここら辺は未探索のエリアです」


「そうだな。これは歩きは無理だ」


現在探査している施設にある異常な深さの渓谷や、踏破困難な廃墟が続いていた。確かに、こういう航空機があれば容易に移動することができるだろう。しかし、スキャンなどで見える範囲が狭いのは我々と変わらないようで、遠方は事前にスキャンした地形データを表示していた。仮に対空兵器が置かれていても相当近くまでいかないと気づかれないだろう。数少ない安心要素であった。


「”危険”ってマップにありますね」


「今はパスしよう」


こうして飛行すること数分間、目的地についた。


「単独で行く。中継機あるか?」


「3つあります。」

「じゃあ通信届くな。なんかあったらすぐに飛べ。隠密は無視だ。」


「了解」


俺は単独で、敵拠点と思われる場所へと向かった。想定された座標に到達すると、我々のベースキャンプと似たような設備が置かれており、何人かいるのがわかった。我々のと比べたら大分小規模である。隠密でのテロ作戦のためだろう。人目を掻い潜りながら捜査を進めると、小規模なゲートを発見した。我々の確保しているのとは別のゲートを保有し行き来していたのだ。資料を漁っていると、どこからともなく話しかけられた。


「誰だお前。」


低い男の声だった。どこに居るのか探そうと首を振っていると、頭上から赤い光で照らされているのに気づいた。見上げるとコンテナの上に立つ大型スーツを着た人物が居た。そしてその右肩の上が激しく赤く光り重低音を発していた。赤い光は初めて見たが、その音は工業用レーザーの作動音そのものであった。私が慌てて横に飛び出すと、強烈な破壊音と爆発が起きた。爆薬でもなかなか穴をあける事の出来ないエイリアン文明の建材の床に深く正確な円筒の穴が開いていた。これは勝てない。さっきの奴と違って完全に戦闘用だと確信した。全力で死角に逃げるが、スキャンされているという警報が鳴る。直後に高いキーンという音が聞こえたかと思うと、私のすぐ横で爆発が起きた。小型ミサイルが俺を追っていて隠れられない。もう戦うしかない。俺はコンテナの上を走り、相手の頭上に飛び出し頭にハンドキャノンを打ち込む。


「多少はクルな」


全く聞いていない。多少体勢は崩れているが有効打でない事は明らかだった。もっと至近距離で打ち込む事にした。近づこうと立ち回っていると矢継ぎ早にミサイルが飛んでくる。隙を狙って打っても効かず、繰り返すうちに弾薬が切れてしまった。敵の弾薬でも奪うしかないと探しているとショットガンに見える武器を見つけた。奴が現れたため、慌ててトリガーを惹くと、奴は体をそらし避けた。


「今お前避けたな」


「クソ・・・」


やっと形成逆転した。何発撃てるのかわからないため博打でしかないが使った。ヒットすると明らかに効果があった。アーマーをへこまし、肩に付いた兵装を破壊した。何度か繰り返し奴のスーツは完全に破壊され死亡したのを確認した。

他の職員は戦闘を諦めており投降したため、仲間を呼んで現場を確保した。この作戦の結果、いまだに実体の完全把握には至らないが、機関と同等以上の水準の敵対組織が居る事、それが潜入している可能性がある事が分かった。そして、疑われていた三人の人物は一人を除いて構成員であり、現場の内情を報告する要員であった事が分かった。通信手段は“未知の通信装置”。我々とは違う類のエイリアン技術を用いる奴らとの関係は今後どうなるのかは分からない。少なくとも分かるのは、仮に全面戦争になった場合はお互いに全滅するだろうという事だ。そうなれば、今度こそ復興は出来ない。そういう点で、個人的に裏方だけの話で終われるのではと期待している。

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空の塔 第2巻 探索編 YachT @YachT117

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