空の塔 第2節

 設備が整ってからの数か月間は、予定通り、入口付近エリアからの探索であった。案内表示や、施設情報についての確保を目的としたフェーズである。今すぐ奥に入って行って手当たり次第に探すのでは確実に間に合わないという判断である。直接的な成果が見られないため、新米には納得しづらい所は多く“若者”には不満が溜まりつつあった。我々“シニア”はというと、このような事は過去に経験済みであるのであまり苦痛ではなかった。確かに、このまま何も見つからなければ、大半の人類を救うための反転場によって、過去の功労者である我々は死滅する事となるが、命の危険をなんだかんだかいくぐって生きてきた我々には、目のまえの事に集中する事で一生懸命に取り組む事が可能であった。

 それに、サキの会社が新しい物を開発してくれた。汚染地域用のインターネット通信設備である。無線と有線を同時に実装し、地球上ほどではないにせよ、休憩中の人員が動画をアーカイブからあさって楽しむ分の通信料は確保されていた。おかげで士気はそれなりに回復し、探査行程を軌道に戻す事ができた。戦争のさなか、資源枯渇に苛まれて不要とされた娯楽類を守り抜いたサキのおかげでなんとかやっている。実にありがたい事だ。私はというと、2107年ごろに現役で活動していた配信者の動画を見ている。残念ながら彼らはなくなっており、新しい動画を得る事はかなわないが、私が徴用されてから見られていなかった分は相当で、探査の合間に見るとなれば動画時間は永遠に等しかった。


 「反転場関連研究って事です?」


 作戦開始から4か月。復元に成功した記録媒体から研究情報のまとめが発見された。我々が見つけた“鍵”と関連すると思われる内容、またはそれの基礎研究と思われる記述であった。この記録から3つのルートが選定され、今度こそ奥底へと足を踏み入れる事となった。


 「ルートは、α、β、γの三つが選定された。我々のチームは地下へと降りるルートであるβルートへ割り振られた。」


 パグリーが声高々に言う。一部の勇猛果敢は隊員は歓喜の感情をあらわにし、作戦の本格始動を喜んでいた。私はというと、ただただ冷静であった。しかしこれは、冷静で居られる余裕があったからではなく、こういう時に感情を抑制するスイッチが入るように鍛えられてしまっただけなのだ。チームの中でも同様の人物は多く、この日から口数が減った隊員は多かった。

 

 「博士?」


 「なんです」


 「疲れてます?」


同い年の後輩が話しかけてきた。私達の“スイッチ”の話を丁寧にし、心配する必要はないと説明した。


 「私達より、本作戦が初のダイブになる人たちの事を気にしてあげてください。相当なストレスですから。」


この時を思い出せば、私の言い方は少し単調で、言っている内容に対して冷たい印象のある口調になってしまっていたと思う。

 こうして後輩に怖がられた後で、私のチームはβルートへと向かう事になった。このルートは地下へと続くため、外の光が入らず、常時暗視機能をオンにしなければいけなかった。ある程度進む度に出会うスロープは10メートルほど下がる緩やかな傾斜であり、二回スロープを降りると一階層下る事になった。階層ごとに大広間のような空間が広がっていたが、その多くは空っぽで、仮に何かあるとしても情報源には足りえなかった。しかし6階層を過ぎたところで変化があった。かなりのスロープを降りても次の階層へたどり着かなくなった。本来であれば7階層ほどあっても良い深さをお進んでも次の階層が現れず、何個もスロープを降りる羽目になった。


 「これドアじゃないですか?」


あるスロープに差し掛かった所で踊り場のような場所が見つかり、そこにはドアの存在が確認された。開き放たれおり再び閉じる事はなさそうなレベルで損傷していると思われた。ドアの損傷をさらに調べた所、何か無理やりドアを押し通して開けた様であり、さらに下へと通づく坂に向かった跡であった。しかしかなり昔に破壊されたため、この破壊の原因はおそらく動いていないだろうと安心した。

 やっと新しいエリアに進んだと思うと同時に、まだ終わらないのかという苛立ちを感じた。昔は水平に広く探査していたが、今回はとにかく深くへと探査している。行けば行くほど別世界へと向かっている感覚とともに、偶然にも屋外に出る事はないという、確実な閉塞感があった。また、深さについてはおかしな現象が起きていた。途中までは感覚的に同じ深さであったが、10階層ほどから急に地下3000メートルを指示していた。計器は気圧によって測定をしており空間が連続している場合に正しく測定される。気圧が変わったという事はどこかで二重扉のような場所を抜ける必要があるが、先まででそのような場所はなく原因不明であった。では重力加速度での測定はというと、きっちり地下3000メートルである事を示していた。地上よりもほんのわずかに重力が軽くなっており、それが地下深くである事を示した。チーム全員の計器が同じ結果を示したので信じるしかないが、なぜなのかを理解する事は出来なかった。

 破られた扉を過ぎてしばらくたった頃、沢山の部屋が並ぶ廊下に出た。いくつか、内臓電源のヘッテルアンテナがあり、光源として存在した。いままでの経験からいうと、少し重要度の高い場所である証拠であった。我々はやっとそれらしい物を見つけた事に対する安心からストレスが多少なりとも軽減した。それぞれの部屋の捜索が始まり、ここが重要度の高い文書についてのアーカイブ室である事が分かった。簡易翻訳によれば、資料の多くは「避難・退避計画」「難民対策」「戦争報告」などなどのテーマであった。汚染が広まってからの逃げた記録、我々のように戦争が起きた記録などであった。二名のメンバーによって持てうる限りのここの資料を持ち帰る事にした。フローターと背中に資料を積み上げて、チーム内でも新人の二人を帰らせた。私を含む残りのメンバーは、さらに続く廊下の先へと足を進める事にした。










エイリアンテクノロジー一覧 応用・研究状況報告


・ヘッテルアンテナ

 再現成功。汚染隔離のための設備として使用。簡易的な除染手段として提供。


・ホワイトマッスル

 微小配列任意伸縮性樹脂の応用。スーツの補助装置として使用。改善により従来の3倍の出力へと向上。


・電磁隔絶膜

 ギアスーツのヘルメットへ応用。屈折率の高さに課題あり。・


・ライトバルブ

 小型光源として使用。非常に省電力でありながら、近接の視野を確保する程度の照度を提供できる。


・ゲート

 空間湾曲式転移装置。現時点ではエイリアン惑星への接続しかできない。エイリアン文明に存在する制御端末が故障しており、接続先が固定されてしまっていると考えられている。


・レッドモス

 運動エネルギーを与えるとほんのわずかに発光する結晶。転化した水晶で構成されているため、汚染区域での非常光源としてのみ採用。


・ナローブラスター

 第4種軍事機密情報に分類。登録識別:0384htgse884twe8ht

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る