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「いやいや、待て待て待て!」


 さすがに耐えきれなくなった俺は、話し手──神森達かみもりたつの言葉を遮った。


「なんだよ、『肌』って! なんだよ、『感じる』って」

「えーもっと直接的な表現がいい? じゃあ、セッ──」

「やめろ、聞きたくねぇ!」


 両頬を遠慮なくつねると、神森は「痛い痛い」と抗議の声をあげた。


「ひどいよ、叶斗くん! こんなのただの妄想じゃん!」

「お前の妄想に、俺と大賀を出すんじゃねぇ!」


 しかも、俺がこのモフモフ野郎の妻?


「ありえねぇ……見ろよ、これ!」

「アハハ、叶斗くん、めちゃくちゃ鳥肌たってる!」


 笑い事じゃねぇ! それくらい嫌だってことだろうが!

 俺は短く舌打ちすると、苛立ちの矛先を、さっきからずっと無言を貫いている同居人に向けた。


「大賀、お前も黙ってねぇで何か言え!」


 俺とお前が結婚してるとか、いくら妄想話だとしても耐えられないだろ?

 同意を求める俺に、大賀は眠たそうに視線をあげた。


「俺の妻が若井だというのは、設定としておかしくないか?」


 ほらな! やっぱりお前もそう思うよな?


「えーそう? 尊くん的には、お相手が叶斗くんなのは不満?」

「不満というわけではないが、俺も若井も元ピッチャーだ。通常ピッチャーの女房役といえば、キャッチャーを指すのではないのか?」


 それな! 大賀の指摘どおり!

 そこは、ふつうキャッチャーだろ!

 ──不満じゃない云々はひとまず置いておいて。


「えーじゃあ、尊くん的には友成ともなりくんがいいってこと? でも、友成くん、まだあのヤバいカノジョと付き合ってんでしょ」

「ああ。俺の助言にはまるで耳を貸してくれない」

「どうせお前、また無神経なことをあいつに言ったんだろ」


 アーモンドフィッシュをつまみながら、俺はじろりと大賀を見た。


「ど直球の正論とかさ。お前、そういうの平気で人に投げつけるもんな」

「アハハ、たしかに! 高校時代もど真ん中への剛速球ストレートが売りだったもんねぇ、尊くんは」


 俺たちに揶揄やゆされて、大賀はむっつりと口を閉ざした。尻尾も忙しなく動いていたから、案外ムカついていたのかもしれない。

 そこから元チームメイトだった新島友成のカノジョがいかにヤバいかの話になり、さらに「でも、カノジョほしいよなぁ」「わかるー」と俺と神森で盛りあがり、大賀はこたつでウトウトしはじめた。

 夜も更け、神森が「帰りたくない」とゴネるので、居間に客用布団を敷いてやることにした。本来なら客間に案内するところだけど、今は大賀が居座っているので居間にしか寝床を用意できないのだ。


「ねえ、叶斗くん。明日の朝ごはん何?」


 寝る間際、神森がキラキラした目で訊ねてきた。


「知らねぇ。明日の当番はあいつだから」

「あいつって、尊くん?」

「そう」


 再び同居するようになってから、大賀はまた料理をするようになった。だいぶ腕もあがってきたので、最近は週に1回、朝食を任せているのだ。


「なーんか感慨かんがい深いねぇ。お米をとぐとき、洗剤を入れようとしてた尊くんが」

「そうそう、ミルクセーキを爆発させた大賀がなぁ」


 奥さんのしつけが行き届いてますねぇ、と神森が笑う。

 うるせぇ、と返すかわりに、俺は神森のケツを遠慮なく蹴飛ばしてやった。

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