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「ただい……うげぇ」
ドアを開けるなり、若井はばたりと玄関に倒れ込んだ。
気分が悪い。酒臭い。でも、もう起き上がりたくない。このままぐっすり眠ってしまいたい。
そんな彼の頬をぴしりと叩いたのは、チクチクモフモフの尻尾だ。
「何をしている」
「見てのとおりだよ。もう動きたくねぇ」
「動け。ここで寝たら風邪を引く」
「じゃあ、起き上がらせて」
差し出された両手を無視して、大賀は妻の背中と膝裏に手を伸ばした。「うわっ」と声があがったのは、身体がふわりと持ち上がったからだ。
「バカ、やめろ、下ろせ」
「暴れるな。落ちるぞ」
「お前が下ろせば落ちねぇよ!」
ない──これは、あり得ない。成人男性を「お姫さま抱っこ」するだなんて、どう考えても気持ちが悪すぎる。
そんな妻の抗議をものともせず、大賀は彼を寝室まで運んだ。
目指すはふたりが結婚してすぐに購入したダブルベッド。身長180センチ越えの大賀でも熟睡できるキングサイズのそれに、若井の身体はどすんと落とされた。
「おま……っ、いきなり落とすなよ」
「ベッドだから問題ないだろう」
「あるわ! さっきから吐きそうって……うえっ、やば……っ」
結局、若井はトイレまでダッシュするはめになった。
最悪だ。あのモフモフ野郎、俺をなんだと思っていやがる。
吐くだけ吐いたあと、不快感がなくなるまで洗面所で口をゆすぎ、ついでに歯も磨いて若井は寝室に戻った。
ベッドに腰を下ろしていた大賀が、待っていましたとばかりに顔をあげた。
「吐いたか」
「うるせぇ、バカ」
「飲み過ぎだ」
「飲み過ぎたくて飲み過ぎたんじゃねぇ」
お前のせいだ、と若井はこぼした。
お前が飲み会の席に電話をしてくるから。お前が甘えたことを言うから。
お前が、俺の心を揺さぶるから。
次から次へとあふれ出る文句。なのに、大賀は気にすることなく顔を近づけてくる。遠慮なく、当たり前のように、それが自分の権利であるかのように。
唇がしっとりと重なり、大賀の尻尾がゆらりと揺れた。
「……お前、よくできるな」
「何をだ」
「そういう行為。俺、吐いたばっかりだぞ」
「だが、歯を磨いてきただろう」
大賀は、スンッと鼻を鳴らす。
「うるせぇ、口のなかが気持ち悪かったんだよ」
そう、決して「こうなること」を想定して磨いてきたわけじゃない。
なのに、大賀はめずらしく口元を緩めた。
「お前が帰ってくるのを待っていた」
「……さかってんなぁ」
「そうか? 人並みだと思うが」
なにが人並みだ、神様のくせに。
いっそ耳でも引っ張ってやりたいところだが、向けられた眼差しの熱に免じて、若井はその手を大賀の首裏にまわした。
より近づくために。
お互いの体温を、直接肌で感じるために──
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