6
翌朝、大賀が作った朝食をぺろりとたいらげた神森は「それじゃ、また来るねー」と朗らかに出ていった。なんでも、今日は朝イチで研究室に顔を出さなければいけないらしい。
台所で3人分の食器を洗っていると、大賀がのっそりと顔を出した。
「テーブル、拭き終わったか?」
「ああ」
「よかったな。今日の朝食、好評で」
大賀はうなずくと、俺の背中に抱きついて──なんてことはもちろんなく、いつもどおり隣に並んで、せっせと皿を拭き始めた。
「久しぶりに神森と食事をした」
「俺もだよ」
いつ以来だろう。もしかして、ふたりで駅前のカフェでモーニングを食べたとき以来か?
「にしても、なんであいつ、いきなりあんなキモい妄想話を思いついたんだ?」
「──妄想?」
「ほら、昨日の。その……俺とお前が……」
それ以上は言いにくくてごにょごにょと言葉を濁したけれど、大賀にはきちんと伝わったらしい。
「投稿するそうだ」
「は? 投稿って」
「小説だったか、脚本だったか。そういうのを募集しているところがあって、そこにあの話を書きあげて送るのだと──」
「ふざけんな、冗談じゃねぇ!」
お前も止めろよ、と大賀のケツを蹴飛ばすと、逆にモフモフ尻尾で反撃をくらった。
なんでだよ、お前はあんな妄想話が第三者に読まれるのを許せんのか?
俺がそう問いただすと、大賀はしばし黙り込んだあと「興味はある」と呟いた。
「……は?」
興味って、どういう意味だ?
まさか、あいつの妄想みたいに俺のことを──
「賞金は30万円だと聞いた。もらえたら半分を俺たちにくれるらしい」
「……へぇ」
なるほど、そういうことな。
そうだよな、興味があるのはあくまで賞金だよな! あの妄想話の内容とか、そういうんじゃなくて──
「15万円あったら食洗機を買えるよなぁ」
「……食洗機」
「便利だよなぁ、自分たちで皿洗いをしなくて済むわけだし。あと、お掃除ロボットとかさぁ」
「あの丸いやつか」
「そうそう。この家、広いから絶対便利だと思うんだよなぁ」
そこまで言いかけて、はたと気がつく。
食洗機もお掃除ロボットも、俺得のものばかりじゃないか? 実際は、俺と大賀ふたりへの15万円のはずなのに。
(そりゃ、同居している間はこいつも恩恵にあずかれるわけだけど)
いつまでも、こいつがここにいるとは限らないわけで。
気まずさを感じた俺は「あのさ」とちらりと隣を見た。
「お前は、何かほしいものねぇの?」
「……ほしいもの」
「おう。食洗機もお掃除ロボットも、その……俺が得するだけじゃん?」
「そうか?」
大賀の尻尾が、ふわんと揺れた。
「俺も得をするものだと思っていたが」
「……え」
「掃除と皿洗いをしなくて済むなら、俺も得をしているのではないのか?」
黒々とした目に見つめられて、俺は「……だな」と視線をさまよわせた。
なんだ、これ。
やけに背中がムズムズするんだけど。
その理由を、俺は知らないし、今のところ追究するつもりもない。
ただ、ひとつだけ気づいていることがある。
(こいつとの同居も、案外悪くない)
こうして隣で肩を並べながら、朝食を作ったり片付けたり──そういうの、今しばらく続けてもいいかなって思ってるんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます